第36話 覗き込むもの
これは、息子が高校生の時に体験したお話です。
その日、彼は学習合宿と言う学校行事に参加していました。
某地方の山の中の宿泊施設に留まり、その名の通り、そこで学習をするという行事の様です。
内容からすると、どうやらよく耳にする林間学校や臨海学校とは違うようです。
私はそれすら経験していないので、よく分からないのですが。
合宿初日、カリキュラムが終了し、彼は自分の部屋に戻りました。
部屋は二人部屋で、クラスメートは一日の疲れが出たのか、早々に眠りについたそうです。
彼のベッドは窓側で、ベッドと窓の間には少し空間がありました。
因みに、山間部故に周囲に灯りは無く、窓の外の風景は漆黒の闇に塗りつぶされています。
息子はベッドに横になったものの、眠れず、携帯を見ていました。
照明が消された部屋で、携帯の灯りが彼の顔を照らします。
不意に、耳鳴りが。
それは次第に強くなって来る。
彼は戸惑い、こみ上げて来る不安を抑えきれない。
頭蓋にいちだんと響く耳鳴り。
途端に、全身の筋肉が、通電したかのように痙攣して硬直する。
動かない。
金縛り?
寝入りばなじゃない。
まだ、完全に起きている状態なのに。
体を嘗め回す様な不快な視線。
何か、いる。
必死で目をこじ開け、周囲を見回す。
闇に沈む部屋。
隣の友達は熟睡しており、規則正しい寝息だけが沈黙の旋律を刻んでいる。
まさか。
辛うじて動く目を見開き、窓の方を凝視する。
いた。
窓とベッドの僅かな空間に。
真っ暗な夜の帳よりも、更に黒い何かが。
はっきりとした姿形は分からない。
人ではない。
何となくだけど、もっと邪悪な何か。
ベッドの傍らに立ち、こちらをじっと見降ろしている。
夥しい憎悪と禍々しい邪念を孕んだ気配を醸し、食い入る様に見据えているのだ。
まるで、追い詰めた獲物を品定めする狩り人の様に。
感じる。
こいつ、体の中に入ろうとしている。
無抵抗なのを知って。
じわじわと迫る妖しげな気配。
来るんじゃない。
頼む、来るな。
お願いだから来るな。
来るな。
来るな。
来るな。
意識を集中し、忍び寄るものに拒絶の意志を叩きつける。
それでも、諦める事無く、隙あらばしつこく体に入り込もうと――
来るなあっ!
体が、ふっと軽くなる。
金縛りが解けた。
と、同時に、纏わりついていた妖気が、一瞬にして掻き消すように消えた。
気持ち悪い冷や汗が、どっと噴き出る。
ベッドの傍らを、恐る恐る見る。
いない。
部屋を見回すが、やはりいない。
黒い異形のものは、もはや気配一つ残さず消え失せている。
隣のベッドでは、友達が静かな寝息を立てて、すやすや眠っている。
思わず安堵の吐息が零れる。
落ち着きを取り戻すと同時に、疑問がこみ上げて来る。
今のは、何だったのだろう・・・。
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