第29話 卒業式

 これは、息子から聞いた話です。

 その日は高校の卒業式でした。と言っても、彼自身が卒業する訳ではなく、在校生として卒業生を見送る立場でした。

 因みに、彼の席は会場の後方の壁側でした。

 式は粛々と滞りなく進んで行きます。

 ふと、彼が壁の方に目を向けた時、不思議な現象が起きました。

 何も無い空間から、白い煙が黙々と吹き出し始めたのです。

 それはまるで、粉末の消火器を撒いている様な勢いで噴出していました。

 彼は、隣の友人を見ましたが、その事には全く気付いていない様でした。

 否、友人どころか、息子を除く其の会場にいる者全てが、その事実に気付いていない様でした。

 消火器の噴霧クラスの勢いでしたら、煙はすぐに会場に充満しますし、まず、先生方ならすぐに気付くでしょう。

 但し、その白い煙は、拡散せずにいつまでもそこに留まっていました。

 ただの煙ではない――そう、息子は悟りました。

 そして、自分以外には見えていない事も。

 彼が再び煙に目線を向けた時、それは跡形も無く消え去っていました。

 卒業式も、何事も無く無事終了。

 あの白い煙は、一体何だったのでしょうか。

 彼の見た感じでは、悪意は感じられなかったそうです。

 彼がこの話を妻に語った時、卒業生の関係者なのかもしれないと言っていた様です。

 さて。

 ここからは、私の考察です。

 この得体の知れぬ白い煙は、ひょっとしたら学校を守る神様か守護霊のような存在が、無事卒業する生徒をそっと見送っていたのではないか。

 席の後方で、控え目にさり気なく見送る姿から、そう感じ取れました。

 その力が余りにも強過ぎた為、息子の眼に見えてしまったのではないでしょうか。

 あくまでも私の身勝手な考察なので、息子が妻に言った内容の方が正解かも知れません。

 でもね。もし、卒業生の関係者なら、本人のそばに現れるのではないか――そう思ったのです。

 まあ真実は、それこそこの白い煙に聞かないと分からないですけど。

 悪意の無い存在である事は確かなようです。

 

  

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