第26話 説教

 これは、私の妻が体験したお話です。

 ある日、自室のベッドで寝ていたら、突然の金縛り。

 驚いていると、足首に違和感を覚えました。

 誰かが触っている。

 摩る様に。

 やがてそれは、はっきりとした質感を伴った圧迫感に変わりました。

 誰かが、足首を掴んでいる。

 妻がそう、認識した時でした。

 その部屋には存在するはずの無い、不思議な匂いが、彼女の鼻孔を擽ったのです。

 線香の香りでした。

 妻の部屋は勿論、我が家には仏壇は無く、それ故に線香も無いのです。

 不意に、妻の耳元で何者かが話し掛けてきました。

 聞いた事の無い、年配の男性の声でした。

 その声は怒りに満ちた声で、妻を𠮟っているようでした。

 何を言っているのかは分からない。ただ怒っているって事は、声のトーンから感じ取っていました。

 声が聞こえなくなる。

 途端に、金縛りは解けました。

 安堵して、さあ寝ようと――直後、筋肉が硬直。

 まただ。

 また金縛り。

 今度は簡単に解けました。ですが、直後にまた金縛りが妻を襲いました。

 漸くそれも解けた時、部屋のドアの前を横切る人影が見えました。

 私です。

 妻は、私に繰り返し起きる金縛りの事を伝えてきました。

 私は驚きました。

 その夜、私も寝入りばなに立て続けに釜縛りに合い、事の異常さに部屋を出たのでした。

 妻にその事を伝えると、彼女の表情が、強張りました。

 怯える妻に、私は頷き、二人で階下に向かいました。

 行先は、息子の部屋。

 彼に尋ねると、運営しているホラー系のブログで、百物語をやっている最中との返事。

 呆気のとられる私達を尻目に、彼は最後までやるからと告げ、部屋の戸を閉めたのです。

 この話、以前、私目線で紹介した事がありますが、今回は妻の体験したバージョンで紹介してみました。

 百物語の主催者である息子――因みに、霊感ゼロ――は何ともなかったのですが、私と妻が霊障に合ってしまったというお話ですが、何故か妻と同室で寝ていた息子――霊感やや強め――には、何も起きていないんです。

 その時は、ひょっとしたら、息子に来るはずの霊障を、妻が被ってくれたのかと思いました。

 ですが、今回このお話を文章に起こした時、新たな推察が生まれました。

 気付いたのは妻です。

 あの夜、妻が最初の金縛りにあった時に嗅いだ線香の香り。

 線香の香りがする時って、御先祖様がそばにいると聞いたことがあります。

 妻が言うには、知らない男の声の主は実は妻の御先祖様で、息子に百物語を辞めさせるよう、訴えかけていたのかもしれないって事でした。

 霊を呼ぶ危険な行為だから、やめさせるように――そう伝える為だったのかも。

 それが、妻の新解釈でした。

 成程なと、思わず感心してしまいましたね。

 金縛りは、事の重大性を妻に伝えるべく、声の主が施したものかもしれません。

 因みに。

 既出のお話に載せた通り、息子は私や妻の説得に応じず、どうやら無事? 百物語をやり切ったようです。

 

 

 

 

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