第24話 ぴしっ
これも、私が高校生の頃のお話です。
あの頃の私は、何かに怯えていました。
特に夜は、布団を頭からかぶらないと寝れませんでした。
何故かって?
怖かったんです。夜の闇が。
と言っても、ただ闇雲に闇が怖いという訳じゃないんです。
怖いのは、家の中だけなんです。
当時、私は釣りが好きで、よく友人と夜釣りに行ったりしていましたから。
夜の野外は平気だったんです。
ああ、闇だけじゃなかった。
物置として使っていた祖父の部屋もそうでした。
何かの用事を頼まれてものを取りに行かなく由ならない時、私は駆け足でその部屋に駆け込み、用を済ませるとすぐに部屋を後にしていました。
昼間の明るい時ですら、それでしたから、 ましてや夜は絶対に入りたくなかったのです。
特に何か見えた訳でもなかったのですが、脅迫概念のようなものが私の魂を鷲掴みにし、ここに来るなと本能に囁くのです。
それともう一つ。
仏間に掛けていた掛け軸も。
幾つもの仏様が描かれたもので、曼荼羅ではなかったと思います。
いつの頃からか、気が付けば仏間の床の間に飾ってありました。
どういった経緯で飾り始めたのかを父に聞いたところ、祖母が亡くなった頃、祖父がどこからか買って来たとの事。
この掛け軸の前を通る度に気になっていた事があるんです。
掛け軸に描かれた絵の右下の方に、染みが浮かんでいるのです。
それは、汚れとか、経年劣化でもありません。
染みと言うより、模様――影のような感じでした。
こういったものに、全て畏怖を抱くのはおかしいことだと思います。
よく言うシミュラクラ現象かもしれませんから。点が三つあれば、顔に見えてしまうというやつ。
まあ、それはさておき。
私が夜の闇に恐怖を抱くようになったのは、それとはちょっと異なります。
それは何か。
夜、ベッドに潜り込むと・・・起きるんです。
ぴしっ
ぱしっ
階段の方から、木材の爆ぜる様な音が響きます。
家鳴り。
よく、古い木造建築の家ですと、木が乾燥して軋む音だといいますよね。
私の部屋は増築した建屋だったのですが、当時建ててから数年経過していましたから、そのような現象が起きても当たり前なのかもしれませんでした。
その日の夜も、私はベッドに潜り込むと、頭から布団をかぶりました。
ぴしっ
ぱしっ
始まりました。いつもの様に。
まるで私がベッドに横たわるのを待ち受けていたかのようなタイミングで。
あれは只の家鳴り。
あれは只の家鳴り。
私は得体の知れぬ恐怖を振り払うために、自分にそう言い聞かせ続けました。
ぱしっ
ぱしっ
怯える私を嘲笑うかのように響く、乾いた無機質な異音。
これって・・・。
今になって気付いた。
音が、近付いてきている。
少しずつ、近付いている様に感じる。
来た。
部屋の前まで。
そこまででした。家鳴りはそれ以上、近付くことも鳴り響くこともありませんでした。
私は安堵の吐息をつくと、眠りに落ちました。
勿論、布団は頭からすっぽりとかぶったままで。
この現象、毎夜の様に起きていました。
別室の弟は特に何も言っていませんでしたので、私の考え過ぎだったのかもしれません。
そう、思う事にしました。
幸い、家鳴りがするのは、二階の私と弟の部屋の前まで。
それも、階段を上る足音ではなかった。
あくまでも、壁や柱が鳴っている様な感じでした。
それだけに、得体の知れぬ何かがやって来る――とは言い切れなかったのです。
無論、この話は誰にもしませんでした。
話したところで、ヘタレな自分を曝け出す様で嫌だったんです。
ですが、掛け軸の事は父と母にも話しました。
結果は――何も変じゃないと一蹴されてしまいました。
亡くなった祖父が、恐らくは先だった祖母を想い購入したものなのでしょうから、私が難癖をつけたと思い、両親はむっとした様子でした。
私は何となく不満でしたが、この事はもう触れない方が良いのだろうと悟りました。
ある日、家にお客様がいらっしゃいました。小柄で眼鏡をかけた温和な表情のおばさんでした。歳は五十歳は越えていたと思います。
どうやら、母が看護師として勤めている個人病院で知り合ったらしいのですが、その時は詳しくは分かりませんでした。
母が言うには、このおばさんはお祓いとかを生業になさっている方との事。
驚きでした。
当時、テレビの心霊特集で、コメンティターとして霊能者がよく出演していましたが、私にとっては別世界の存在でした。
まさか、そのような方が身近にいて、それも母の知り合いとは・・・。
体が、無意識のうちに震えました。
「おばさんに見て欲しい物があるんじゃない? 」
突然、母が私に話を振ってきます。
あ、ひょっとして・・・。
母の言葉に、私は察するものがありました。
「すみません。ちょっと見て欲しいものがあるんです」
私はおばさんにそう伺いました。
「いいですよ」
おばさんは快く承諾してくださいました。
私はおばさんを仏間の掛け軸の前に案内しました。
「掛け軸のここの部分、何だか影のようなものが浮かんできているんです」
私は掛け軸の気になっている部分をおばさんに示しました。
途端に、おばさんが難しい表情を浮かべたんです。
「行者がいるね。この掛け軸、ここの家には強過ぎる」
「えっ! そうなんですか? 」
「お寺とかに収めた方がいいよ。こんな事言ったら良くないかもしれないけど、連れてかれるよ」
おばさんは厳し口調で、はっきりとそうおっしゃいました。
私は言葉を失いました。
そこからの記憶が飛んでおり、その後どうしたのか私は覚えていません。
掛け軸の事は、おばさんが母に話してくれたらしく、気が付けば床の間から消えていました。
掛け軸ですが、どうやら両親がお寺に収めたそうです。
それと気が付けば、夜毎起きていた家鳴りは、いつの間にか気にならなくなっていました。
鳴らなくなったのだと思います。
いつの間にか、私は布団を被って寝る事はなくなり、常夜灯も消すようになりまっした。
別の日に、あのおばさんから、龍神様が私を守って下さっている事を教わってから、闇が怖くなくなったんです。
それと実家ですが、私の結婚と同時期に、両親が自分達が生活しやすいように新しく建て替えたんです。霊能者のおばさんにアドバイスを受けながら、建築業を営んでいる私のいとこに依頼して建てたようです。
物置として使っていたあの部屋は、おばさんから形が良くないと言われて取り壊しました。
出来上がった家は欠けの無い正方形に近い形で、玄関も北向きから東向きになり、部屋の中が俄然明るくなりました。
それに、部屋の空気も軽くなったような気がしました。
不思議なものです。
この話を書いていて、ふと気付いた事がありました。
二作前に書いた瓢箪に浮かんだ曾祖母の姿の話、一作前に書いた母の枕元に祖父が立った話と仏壇の壁に浮かんだ祖父の姿の話、そして今回書いた家鳴りと掛け軸の話。
これって、話が繋がっているような気がするのです。
祖父の亡き後も、瓢箪に曾祖母がその姿を留めていたのは、あの部屋が家相上良くない事を私達に訴えかけ、尚且つ守ろうとしていたのではないか。
ひょっとしたら、物置になっていた部屋が不快な気で満ちていたのは、家相に加え、掛け軸も関係しているのではないか。
祖父が母の夢枕に立ち、更には仏壇にその姿を浮かび上がらせたのも、家相や掛け軸が及ぼすネガティヴダメージに気付くよう、仕向けたのではないか。守っているという事は、考え方によっては、何者かが危害を加えようとしている事を示唆しているのではないか。
得体の知れぬ家鳴りが部屋まで入ってこれなかったのは、祖父や守護霊様が守って下さっていたからこそなのでしょう。
あくまでも私の仮説ですが。
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