第22話 瓢箪
これは、私が高校生の時のお話です。
当時、病院で入院していた祖父が亡くなり、葬儀や初七日と慌ただしい日々が続いていました。
漸く落ち着きを取り戻した私達は、祖父が寝室に使っていた部屋に荷物を運び入れたりしていました。
あの頃の私の家は、古い平屋の一部を二階建てに増改築しており、私達は増築した家屋で生活し、祖父は旧家屋の一番奥の部屋を寝室として使っていました。
この部屋は、建物の造りで言うと、母屋から突出した形になっています。
私が保育園に通っていた頃は、両親とこの部屋で寝ていました。
その後、祖母が寝室として使用し、祖母が亡くなった後、祖父が寝室として使用していました。
部屋数は増築した事もあってか、家族が過ごす分は十分にありましたので、 祖父が他界した後は、その部屋は物置代わりに使用する事になったのです。
その日も、親に頼まれて何か荷物を運び入れていたのだと思います。
私は部屋に入ると、ふと照明の紐に目が留まりました。
今の若い方は知らないでしょうね。当時、照明には紐が付いており、それが本体のスイッチに繋がっていて、これを引っ張って灯りのオン・オフをしていたんです。
畳に布団を敷いて寝ていた頃は、寝たままでも灯りを付けたり消したり出来るよう、これに更に長い紐を縛り付けたりしていました。
その時、私の眼に留まったのは、正確に言うと紐ではありません。
その紐にぶら下げられたあるものです。
それは、瓢箪でした。
それも、手のひらにすっぽり収まるような小さなかわいらしい瓢箪です。
これをぶら下げたのは、祖父でした。
私が瓢箪を育てたいと言い出し、種を植えたのですが、なったのはそれ一つだけ。
それを祖父が種を取り、乾かして作ったものでした。
祖父は仕立て屋を営んでおり、父の背広は祖父が作ったものだそうです。
それだけに手先が器用で、私が乗っかって破壊してしまった灯篭を、後から他人が見ても分からない位のレベルで直してしまったり。因みにその時の治具は接着剤一つ。
そんな感じでしたから、瓢箪一個を加工するのは造作も無い事だったと思います。
私はその瓢箪を手に取り、しげしげと眺めました。
なんだろう、これ・・・。
瓢箪の、大きく膨らんだ下の側面に、不思議な模様が。
こんな模様、あったっけ。
墨で描いたような不思議な模様が、黄土色の瓢箪の側面に浮かび上がっている。
見た事がある。
これによく似た・・・これって、人の姿?
思い出した。
曾祖母だ。
私は壁に掛けられている遺影に目を向けました。
私は曾祖母の事は遺影でしか知りません。
ですが、はっきりと分かりました。
瓢箪に浮かび上がった模様――それは、遺影の曾祖母そっくりだったんです。
私は驚き、部屋を飛び出ると、別室で片付けをしていた母に声を掛けました。
「お母さん、ちょっと来て」
「何? 」
「いいから早くっ! 」
動揺する私を怪訝そうに見つめる母でしたが、余りにもの慌てっぷりに何かを感じたのでしょう。黙って私の後を付いてきました。
「これ見てっ! 」
私は母に瓢箪を見せました。
「この模様、あの写真のひいばあちゃんに見えない? 」
私がそう言うと、母の顔色が変わりました。
「気持ち悪い事言わないでっ! 」
母は突然怒り出すと、すたすたと部屋から出て行きました。
私は呆然と佇みながら、母の後姿を見ていました。
曾祖母が何故、祖父の瓢箪に姿を現したのか、何となく分かる気がします。
闘病生活を送っていた祖父の事が心配で、そっと見守っていたような気がするんです。
それから何日かたったある日、私はふと、あの瓢箪の事が気になりました。
母は気のせいだとは言っていましたが、私はそうは思いませんでした。
もう一度見てみよう。
そう思った私は、祖父の部屋に向かいました。
引き戸をそっと開け、部屋の中に入ります。
ない。
瓢箪が無い。
紐が外れて落ちた?
荷物の影や部屋の隅を見ましたが見つかりません。
ひょっとしたら・・・。
私は仏壇に向かいました。
何となく。
というより、引き寄せられるように。
仏壇の中程にある、経典をしまってある引き出しの一つを手前に引きました。
あった。
瓢箪は、仏壇の引き出しの中にありました。
遺影と同じ曾祖母の姿は、まだはっきりと浮かんでいます。
片付けたのは多分、母でしょう。
私の話を真っ向から否定しながらも、気になった挙句、供養のつもりで仏壇の引き出しにしまったのでしょう。
でもこの事は、未だに母に聞き出せないでいます。
何故かって?
私にも分かりません。
ただ、何となく。
聞く事が、禁忌であるように感じられて仕方が無いのです。
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