第19話 注意喚起

 これもまた、関東にある某工場勤務時代に体験したお話です。

 いつもの通り、生産ラインに問題が無いか工場内を巡回していた時の事です。

 とある生産ラインのエリアに差し掛かった時、妙な事に気付いたのです。

 そのラインは一室部屋で仕切られている所なんですが、工程の最初から半分の辺りのエリアが曇って見えるんです。

 これか・・・。

 私はピンときました。

 程なくして、ラインが停止。

 慌てて様子を見に行くと、ラインの先頭の機械が停止しています。

「今、Sさんに連絡入れましたから」

 このエリアを担当している管理担当のKさんが早足で私に近付くと、そう告げました。

 彼女は四十代の古参の従業員で、超ベテラン。

 彼女は作業者に一旦トイレ休憩を取るようにてきぱきと指示を出すと、故障個所の状況を確認に向かいました。

 私もKさんの後を追い、故障個所の確認に向かいました。多少の不具合なら直すのですが、電気系統の不具合らしく、さっぱりわかりません。

 やがてSさんが工具箱を持って登場。彼は五十代後半のベテランの工務担当者で、このラインの機械を熟知しています。

 Sさんは故障個所を確認するなり、渋い表情を浮かべました。

「こりゃあ、すぐには直んねえぞ」

 すぐさま携帯でもう一人の工務担当者を呼びだすと、工具箱を広げました。。

「Kさんが言ってたの、分かりましたよ」

 Sさん達に修理を任せ、現場を離れながら私はKさんに話し掛けました。

「そう? 」

 Kさんがにやりと笑みを浮かべます。

 私がここの工場に赴任したばかりの頃、Kさんから教えて貰ったんです。

 生産機械が大きな故障をする前に、作業場の天井が、靄がかかったかのように曇るというのです。 

 ここに住み付いている幽霊が、そうやって教えてくれるのだと。

 Kさんは強い霊感の持ち主――見える人、なんです。

「他にもさあ、何か起こる前に作業者の袖を引っ張ったり腕をつつくんだよ」

「えっ! 」

「まあ、皆慣れっこだから。邪魔しないで寄って見えない相手に肘打ちしたり、手を振り払ったりする人もいるわよ」

「何それ・・・」

 私は言葉を失いました。笑顔で語る彼女の話っぷりからして、恐怖心は皆無。私は、どちらかと言うと呆気にとられたって感じです。

 幽霊と、ある意味共存している職場なんて。

 こんな事って、あり得ますか?

 Kさんの話では、その霊は子供だそうです。

 どんないわれでここに住み着くようになったのか・・・それは謎です」

 残念ながら、私は袖を引っ張られた事も、腕をつつかれた事もありません。

 それにしても、この幽霊、Kさんの言葉の節々から、皆から愛されている事が

分かります。

 この工場の、守り神の様な存在なのかもしれません。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る