第18話 から から から
これは、私が関東地方のとある工場に勤務していた時のお話です。
その日、工場棟を巡回した後、私は事務所に戻ろうと通路を歩ていました。
工場棟は一階にあり、二階が事務所や食堂、更衣室といった造りになっています。
トイレは、一階と二階のそれぞれに在り、私は事務仕事がメインでしたので、使用するのはほぼ二階の方でした。
二階へと続く階段のそばまで来た時、その奥にあるトイレが眼に入りました。
特に緊迫していた訳ではなかったのですが、ついでですし、用を足していこうとトイレに寄っていくことにしました。
二階のトイレに比べると、一階のトイレは一回り小さく、確か小が一カ所、個室が二ヶ所という造りだったと思います。
作業靴をトイレ用のサンダルに履き替え、私は小の方で用を足していました。
不意に、個室の方で、からからからとトイレットペーパーを引っ張る音が。
誰か入っているのか――否。
おかしい。トイレの入り口でサンダルに履き替えた時、他に靴は無く、サンダルも私が吐いたのを含めて三足。
ひょっとしたら、靴を履き替えずに個室に入ったのか?
私は手を洗った後、其のまま個室の前に立ちました。
もし靴を履き替えずにトイレに入ったのなら、注意をしなければならないですから。
でも、出てこない。
トイレットペーパーを使ったのなら、ほどほどの時間で出てきてもいいはずなのに。
待てよ。
そう言えば、水を流す音がしなかった。
ひょっとしたら、まだ出し切っていなくて第ニ陣が訪れたのか?
その時、私はある事に気付きました。
個室のドアに鍵か掛けられていなかったのです。
切羽詰まった状態だったので、靴も履き替えずに鍵も閉めずに個室に飛び込んだのか?
それにしても、 静か過ぎる。
衣擦れ一つ聴こえない。
私の思考に、最悪の光景が浮かびました。
トイレに入った途端、意識を失い、そのまま・・・。
こうなったら、やむを得ない。
私は個室のドアをノックしました。
応答はありません。
思い切って、ドアを開ける。
いない。
誰もいない。
便座には蓋がされており、トイレットペーパーも引っ張り出した形跡がない。
さっきのからからは隣接する女子トイレから聞こえたのか?
そうじゃない。
間違いなく男子トイレの、目の前の個室から聞こえたのです。
ましてや、私がこのにいる間に、女子トイレの方から水を流す音も個室のドアを開ける音も何も聞こえてこなかったし。
じゃあ、さっきのあれは・・・何?
釈然としないまま、私はトイレを後にしました。
事務所に戻ってから、私は同僚のKさんにこの事を話してみました。
彼女は四十代の女性。ここでの勤務が長いので、何か知っているかもしれないと思ったのです。
それに彼女は強い霊感の持ち主で、私と違って自分の意志でこの世に在らぬものを見ることが出来る方でした。
私の話を聞き終えると、彼女は意味深な笑みを浮かべました。
「〇〇さんも見ちゃったんだね」
「えっ? 」
思わず驚きの声が喉から迸ります。
その口ぶりから、あれが何だったのか簡単に想像が付きました。
彼女が言うには、あの男子トイレには、中学生くらいの男の子の霊が出るんだそうです。
悪さはしないらしいんですけど、悪戯好きで、油断しているとちょこちょこしかけて来るそうです。
因みに、女子トイレの方は、二十代の女性の霊がでるらしい。
「あれは何なの? 何でここに出る様になったの? 昔からいるの?」
霊の正体について、次々に彼女に問い掛けてみました。
彼女が言うには、昔、この辺りはよく洪水に見舞われたから、ひょっとしたら、その時に亡くなった方かも知れないらしいです。
「今度、もう悪戯しない様に言っておくから」
Kさんは笑いながらそう答えました。
言っておくからって・・・この人、幽霊と会話が出来るのか?
どっちかってえと、幽霊よりもそっちの方が驚きなんだけど。
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