第15話 浮かぶ影

 これは、息子が大学生の頃、茨城に実習に向かった時の話です。

 栃木で単身赴任中の私は、新潟の家に帰省した際、帰りに彼を車で実習先の住まいに送り届ける事になりました。

 早々に高速道路にのり、長野を抜け、群馬に差し掛かった時でした。

 山々を抜けるトンネルを走っている時、前を走るトラックの荷台の後ろ側に、妙な違和感を感じました。

 トラックの荷台の扉の部分に、巨大な菱形の黒い影が張り付いているのです。

 最初はトラックそのものの影かと思ったのですが、そもそもその部分は平面ですから、そんな影が出来る訳が無いんです。

 更に妙な事には、トンネル内の照明の灯りを受けても、その影は形状を変える事無くトラックに張り付いています。

 私はふと、ある事に気付きました。

 トラックは路面の僅かな起伏に上下する事があるのですが、影は常に一定のままなのです。

 もしトラックの扉の何かしらが生み出す影ならば、荷台が上下すれば、当然それも上下に動くはずなのに。

 影だけが独立している。

 そんな訳が・・・。

 私は我が目を疑いました。

 でも、そうだったんです。

 影は、トラックの扉に生じているのではなかったのです。

 宙を浮いていました。

 トラックと微妙な距離間を取りながら、追従しているのでした。

「何だよ、あれ・・・」

 私はトラックとの距離を保ちながら、影を追いました。

 トラックの走行速度が八十キロなので、それに合わせて走る私の車を後続車が次々に追い抜いて行きます。

 私の前に割り込む車があるかもと心配しましたが、幸いにも皆、私の前のトラックを追い抜いてから車線を変更、もしくはそのまま直進して行きました。

 不思議な事に、私以外には誰一人と影の存在に気付いていないようでした。

 不意に、影に動きが生じました。

 その面積が、徐々に縦横に広がり始めたのです。

 私は悟りました。

 影が、こちらに近付いてきていることに。

 追い越し車線に移って、一気に追い抜くべきか。

 速度を落として更に距離を取るべきか。

 ミラー越しに後続を確認。

 何台も後ろに連なる車の姿が眼に入る。

 追い抜くにも――無理だ。

 急に車の通行量が増え、追い越し車線に移るタイミングがつかめない。

 次第に近付く影。

 どうする?

 どうする?

 どうする?

 明るい光が前方に見える。

 もう少しでトンネルを抜ける。

 消えた。

 影が消えた・・・。

 私は愕然としたまま、前方を凝視しました。

 トンネルを抜け、明るい陽光が車窓から差し込んできます。

 黒い影は、トンネルを抜ける直前に忽然と私の視界から消失したのです。

「今の、見たか? 」

 私は助手席の息子に声を掛けました。

「ごめん、見ていない」

 息子から帰って来たのは意外な返事。

「見ていないって・・・」

「眠くて寝てた」

 息子は申し訳なさそうそう私に返しました。

 押し寄せる睡魔に負け、完璧に眠りに落ちていたそうです。

 私は苦笑しつつ、たった今垣間見た出来事を彼に話しました。

「何だと思う? 」

「分からん。でも変な気は感じなかったから霊じゃないかも」

 確かに。この世に存在しない妙な輩なら、彼も心地良く眠りにつく事は無かっただろう。  

 まあ、金縛りになったかもしれないけれど。

 結局、幾ら模索しても分からずじまいの現象でした。


 その後、新潟の家に変える都度、この道を通っていますが、同じようなシチュエーション――トラックの後続を走る事があっても、同じ様な現象はその後出くわしてはいません。

 あれはいったい何だったのでしょうか。

 分かる方、いらっしゃいませんか?




 

  

 

 

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