第14話 どうしたの?

 これは、私が新潟の家で体験した話です。

 当時、私と妻は息子のいじめの問題で思い悩んでいました。

 私の息子――霊感の強い方の息子です――は、小学生の頃、とあるスポーツクラブに所属していました。そのスポーツクラブでは、子供達の中であってはならないヒエラルキーが存在しており、上手な子の中には下手な子を見下す者がおり、また、指導者も自身の好き嫌いで子供への態度が違う方でしたので、尚更それが増長される土壌が形成されていました。

 息子はどちらかと言うと下手な方でしたので、弱い立場にあり、いじめられる方でした。

 悪い事に、この歪んだヒエラルキーは関係の無い学校生活にまで及んだのです。

 いつしかそのスポーツが出来る子が偉くて下手な子が駄目と言った価値観が、学校にまで持ち込まれるようになりました。

 また子供だけでなく、その歪んだ価値観は親にまで及びました。私の当時の仕事は、今では考えられないほどブラックで、家にはただ寝に帰るだけの生活でした。

 恐らく他の親御さんには信じられなかっただろうと思います。まあ、話しても仕方がないし、信じてはもらえないだろうとも思っていましたので、公言はしませんでしたけど。

 ただそれだけに、子供の練習を見に行ったり、役を引き受ける事もなかなか難しかったりしていました。他にも兄弟がいましたから、その息子だけに関わる訳にもいきませんでした。それに、私自身そのスポーツの経験者ではなかったので、経験者や熱心な親御さんが一目置かれるのは当然の事でした。私も極力練習を見に行き、運用に関わろうとしましたが、どうしても限界がありました。

 そう言った事情もあってか、親のグループも練習熱心参加組と消極組の大きく二分される感じでした。

 そんな中で浮上した子供のいじめ問題。

 私と妻は思い悩み、私自身不眠症に陥ったりしましたが、妻の憔悴振りは目に余るものがありました。

 ある休日の夜、妻が寝室に入った後、私も久々に早々と自室に籠りました。

 ベッドに横になったものの、いつもの様に色々な事が脳裏に浮かび、眠り落ちる時が果たして訪れるのか疑問に思う様な感じでした。

 不意に、部屋のドア付近で人の気配が。

 閉めたはずのドアが開き、白い人影が眼に飛び込んできました。

 妻でした。

 真っ白な顔をした、パジャマ姿の妻が、思いつめた様な切ない表情でこちらに近付いてきます。

 歩くというよりも、中空を漂っているかのような足取りでした。

「どうしたの? 」

 私は驚いてベッドから跳ね起きました。

 刹那。

 妻の姿が掻き消すように消え失せたのです。

 私は慌てて部屋を飛び出し、妻の寝室に向かいました。

 部屋に入ると、妻はまだ起きていました。

「どうしたの? 」

 突然、勢いよく部屋に入って来た私を驚いた表情で見つめながら、妻はそう言ったんです。

 私がさっき彼女に問い掛けた台詞と同じ言葉を。

「さっき、俺の部屋に来なかった? 」

 私は興奮気味に先程目撃した一部始終を妻に話しました。

 が、妻は私の部屋には入っていないとの事でした。

 ただその時、何となくぼおっとしていたらしいのです。

 息子の事や色々な事を考えているうちに、頭の中が真っ白になっていたとの事でした。

 私が見たのは、どうやら妻の生霊の様です。

 妻が言うには、色々考えているうちに、意識が跳ぶ事が時々あるらしいです。

 今回も息子のいじめの事で、私に相談しようと考えていたようです。

 ひょっとしたら。

 今までも、色々な所に妻の生霊が跳んでいた事があるかもしれません。

 その後、息子のいじめの問題は、私が学校の担任の先生に相談し、解決へと向かいました。

 スポーツクラブの方も、息子自身、無意識のうちに大きなストレスを抱えていたせいか、次第に持病だった喘息が酷くなった為にやめる事になりました。

 スポーツクラブの主催者が運営する地域活動に、私もボランティアで参加していたのですが、息子がスポーツクラブをやめると同時に、私も脱退を決意し、やめる事にしました。

 その後、息子も妻も、ストレスが緩和されたのか、漸く安らぎを手に入れた様です。

 私の仕事は相変わらずでしたが、その後しばらくして労務環境が改善され、今やホワイトな職場に様変わりしています。

 息子も体調が戻り、中学生になってから再び同じスポーツの部活に入り、レギュラーとして活躍するようになりました。

 あれから、妻の生霊を見かける事はありませんでした。

 でも、息子が大学生の時、アパートに跳んでいったことがあるらしいです。

 これもまた、妻本人に自覚は無かったようですが。

 この話はまた、別の機会に。



 

 


 

 

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