第11話 ごめんね ごめんね

 これは、霊感のある息子の体験談です。

 霊感があると言っても、本人曰く、見ようと思って見える訳ではないので何とも言えないんだそうです。

 私が見る限りでは、憑依体質のように思えます。

 さて、本題に入りましょう。

 彼は医療系の大学に通っていた関係で、茨城の某病院に実習でお世話になっていた時期があります。。

 と言っても期間は一カ月ほどなので、住まいは家電が揃っているウイークリーマンション。引っ越しの時に私が送って行ったのですが、思ったほど隣人の生活音が聞こえる訳ではなく、部屋も綺麗で問題無さそうでした。

 念の為、事故物件サイトで調べてみましたが、炎マークはついていませんでした。

 マンションから病院まで少し離れていたので、私から街乗り用に使っていたMTBを借り、それで通勤することにしました。

 実習は思っていた以上にハードで、くたくたに疲れ果てて帰って来ては、倒れ込むように寝る毎日でした。

 その日も疲れ果て、寝具代わりの寝袋に潜り込んだ時の事でした。

 ベランダの方で、子供の声がしたのです

 それも、一人や二人ではなく、複数人いるようでした。

(おかしい・・・)

 息子はすぐにそれが異常で不可解な現象である事に気付きました。

 彼の部屋は三階。一階なら、道端の話し声が聞こえるって事はあるでしょうけど、聞こえても、そんな間近で聞こえる訳が無いのです。

 ましてや、深夜に子供が複数人で遊んでいるなんて、不自然極まりないですよね。

 彼が訝し気に思いながら首を傾げていると、今度は子供達が部屋に入って来る気配がする。

 まずい。

 そう思った直後、息子を金縛りが襲いました。


 ごめんね ごめんね ごめんね ごめんね


 息子の耳元でしきりに詫びる子供の声が聞こえます。

 すると、何者かが、彼の背中に何かをぐいぐいと押し付けて来ました。

 息子は焦りました。

 それは明らかに、子供の頭でした。

 得体の知れぬものが何をしようとしているのか、息子はすぐに察しました。

 声の主は、彼の中に入ろうとしているのです。

 憑依し、肉体を奪おうとしている――それに気付いた彼は、必死に抵抗し、意識の中でその存在を拒絶し続けました。


ごめんね ごめんね ごめんね ごめんね


 声に、変化が生じました。

 子供の切なげな声が、徐々に大人のそれに変貌を遂げ始めたのです。

 男なのか女なのかは分からないものの、それは確実に大人の声でした。

「来るなっ! 出けっ! 」

 執拗に中に入ろうとして来るそれに、息子は罵声を浴びせました。

 その途端、金縛りが解け、怪しげな声も気配も消え失せました。

「あれは一体何だったんだろう」

 怯えた様子で私に電話を掛けて来た彼の話を聞いた時、私はある話を思い出しました。

 それは以前、会社の同僚から聞いた話です。

 彼は今までに一度だけ金縛りにあった事があったそうです。

 その夜、彼が眠りについた直後の事でした。

 突然耳鳴りがして、全身の筋肉が硬直したそうです。

 が、彼は特に怖くは無かったそうです。

 むしろ、これが金縛りなのかと感慨深げに状況を捉えていました。と言うのも、彼は、今までに人から金縛りにあった話を聞いても、ただ寝ぼけてただけなんじゃないのかと半信半疑だったそうです。

 同時に、自分自身も金縛りにあってみて、それが夢なのか現実で起こっている事なのか確認してみたいとも考えていたようです。

 それ故に、彼は、とうとう自分も体験出来た事に喜びすら感じていました。

 この時、彼はまだ起きている状態で、意識ははっきりしていましたので、今まで自分に金縛りの体験談を語ってくれた人が、寝ぼけていた訳ではなかった事を実感していました。

 不意に、何やら声のようなものが聞こえ始めました。

(何て言っているのか)

 彼はその声に耳を傾けました。


 ごめんね ごめんね ごめんね ごめんね


 彼の耳元で、その声は繰り返しそう訴えかけて来たのです。

 声は男性なのか女性なのか不明でした。大人か子供かも分かりませんでした。

 普通の人なら、この時点で恐怖に憑りつかれ、怯えながら只管聞こえないふりをするのが関の山でしょう。

 ですが、彼の感情に込みあがって来たのは、恐怖ではなく怒りでした。

 漸く眠りに憑こうとしていた矢先に邪魔された事に腹を立てた彼は、ブチ切れて叫びました。

「うるさい、どっかに行けっ! この野郎っ! 」

 途端に、金縛りは解け、その声も聞こえなくなったそうです。

 因みに、姿は何も見えなかったと彼は眼を細めながら語っていました。

 息子が実習で仮住まいしていたのが、つくば市。同僚の住まいは筑西市(旧下館市)。

 どちらも茨城県内ではありますが、距離は離れていますので、関連性は無いかとは思います。が、耳元でしきりに謝罪する点とその時の台詞が共通している事に、興味を抱きます。

 それと、もう一つの共通点が、どちらの場合も声のみで姿は見えていない点です。

 因みに、その後、息子も同僚も同様の事象は起きていないようです。

 そうなれば、その地にとどまっている憑きものではなく、たまたま彷徨っていた何かと波長が合ってしまったのでしょう。

 個人的願望? ですが、この話、せめて栃木で起きていれば、もう少し違った角度で掘り下げられたかもしれません。 

 分かる人には分かります。



 

 

 

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