第9話 緑の小さな? 

 これは、人に話しても誰も信じてくれないお話。

 あの日、私は早々に寝室のベッドに潜り込んだ。

 恐らく、日々の仕事の疲れが溜まっていたのだと思う。

 スマホの目覚ましを確認して、充電器にセット。照明を消して私は眼を閉じた。

 にゃあ にゃあ

 不意に、猫の鳴き声がした。 

 ドアは閉めてあったはずなのに・・・自力で開けて入って来たのか。

 にゃあ にゃあ

 そのようだ。だんだん近づいて来る。

 でも、珍しい事もあるものだ。我が家には猫様が三匹住んでいらっしゃるのだが、当家のヒエラルキー最下層の私のそばに来る事はほぼ無い。

 たまに、食事を用意させてやるとか、ブラッシングさせてあげるとか言いながら――実際に言っているかどうかは、分からん――すり寄って来ることはあるけれど、寝室に来ることは皆無なのだ。

 恐らく、彼らも妻同様に私の生物兵器的な鼾攻撃には耐えられないのだろう。

 にゃあ にゃあ

 もうベッドサイドまで来ている。

 少し前に、猫様達には息子が寝る前ご飯――私達はそう呼んでいる――を給仕していたから、お腹は空いていないはずだ。

 何の催促だろう。それも、普段近寄るどころか少し距離すらおいている私の所へなんて。

 相変わらず、何かを訴えるかのように鳴いている。

 妙だ。

 私は気付いた。

 声が、猫様達のそれとは違う。

 まるで、人が猫を真似て発している様な声だ。

 しかもおっさんぽい。

 私は慌てて眼を開けた。

 刹那、緑色の異形の姿が私の目に飛び込んで来る。

 おっさんだった。

 それも、数十センチ位の小さなおっさん。

 三角形に近い皺だらけの顔が、にたにた気持ち悪い笑みを浮かべながら私の顔を覗き込んでいる。その眼は左右正反対の方向を向いており、猫が立ちポーズをする時の様に、手首の所から手をちょいと曲げて垂らし、おどけたように体を左右に揺さぶっていた。

 極めつけはその服装。

 エンターテイナーが舞台で着るような、スパンコールをちりばめたきらきらラメラメの衣装を纏っているのだ。

 部屋の照明もいつの間にか点いており、その光を受けて、彼の服装は妖しげな光沢を放っていた。

 部屋だけじゃなく、開け放たれたドアの向こうの廊下と階段も、煌々と灯りが灯っている。

 にゃあ にゃあ

 おっさんは相変わらず猫マネの声で鳴き続けている。

「何なんだ、御前・・・」

 俺は愕然としつつも、彼に問い掛けた。

 するとおっさんは、私に声を掛けられたのが嬉しかったのか、一際笑みを浮かべた。

 消えた。

 同時に、部屋と廊下の灯りも。

 突然の闇に沈んだ部屋を、呆然と見渡す。

 夢を見ていた?

 否、閉めたはずの部屋のドアが開けっ放しになっているから、夢じゃない。

 何だったんだあれは・・・。

 都市伝説界隈では有名な緑の小さなおじさんとはちょっと違う気がする。

 でか過ぎるのだ。

 それに、服装もよくいう緑色のジャージではなかったし。

 その後、気を取り直して眠りについたものの、彼が再び訪れる事はなかった。

 翌日、私は家族にこの事を話してみたのだが、夢を見ていたんじゃないかと一笑されてしまった。

 いくら普段からオカルト耐性のある家族といっても、余りにもふざけた突拍子も無い話だけに、はなっから信じてはもらえなかった。

 まあ、確かに。そうだろうな。

 残念だけど。

 でも、事実は事実なのだ。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る