第7話 見た事が無い・・・
これは、私が結婚してアパート暮らしを始めた頃のお話。
いつもの様に仕事を終えた私は、帰路を急いでいました。
あの頃、仕事が異常に忙しく、一週間の内でその日のうちに帰れた日は、ほとんどなく、数少ない休日も出勤を余儀なくされる状態でした。
今の時代なら大問題になるような労務環境でしたが、当時はそれが当たり前で、そのくせ大した稼ぎにはならず(ほとんどサービス残業であったため)、不満を抱えながらも生活の為に惰性で生きている様な感じでした。
その日も日をまたいでしまい、怒りを通り越して呆れた顔の妻の表情が、否応なしに眼に浮かびました。
私は国道から脇道に入りました。
車は静かな住宅街を駆け抜けていきます。
このルートの方が信号が少ない分、多少は家への帰着が早いのです。
誰もが知っている抜け道だけに、朝や夕方はあ結構車の往来が激しいのですが、深夜のこの時間となると、流石に車の通りは無く、まるで別世界に迷い込んだかのようでした。
見慣れた家並みのシルエットを眼で追いながら左折し、すぐに右折。
もう少しで着く――あ。
私は慌ててブレーキを踏みました。
道が、無いんです。
このまま、アパートの方に真っ直ぐ抜ける道があったはずなのに。
私は車を停め、外に出ました。
目の前に、小さな畑が見えます。
家庭菜園の様です。
どうやら、民家の庭先に迷い込んでしまったようです。
私は畑の対面の建屋に目を向けました。
民家の裏手が何かの工場なのでしょうか、黄色系の照明が民家を照らしています。
古びた板張りの壁がレトロなフォルムの、二階建ての民家でした。
まるで、昭和の住宅と言った感じの。
今風の住宅が立ち並ぶ中で、古民家という訳でもなく、ただただ時代錯誤な古びたその家は、何だか妙な違和感を醸していました。
ふと見ると、二階に橙色の照明が灯っているのに気付きました。
それだけではありません。窓辺に、黒い人が他のシルエットが。その背後には大きな世界地図が見えます。
この民家の住民の様です。
突然の不審な来訪者――私の事です――を監視しているのでしょうか。
不法侵入で訴えられたら困りますので、私はそそくさと車に乗り込むと、バックで車を車道に戻し、再びアクセルを踏み込みました。しばらく行くと曲がり道があり、そこを左折。そのままいつもの道を走り、私は無事アパートに帰り着く事が出来ました。
翌朝、妻にその話をしたのですが、
「そんな家、あったっけ? 」
と、首を傾げていました。
確かに、あの道は何回か通っていますが、今まであの様な民家を見た事がありませんでした。
狐につままれる思いで困惑しつつも、私はその日、出勤時に再びあの家を確認しようと思いました。
私はいつもより少し早めに家を出ると、昨夜通った抜け道に車を進めました。
あの道は。朝は結構込むので、普段は通勤時には通らないのです。それに、小中学校の通学路でもあるので、朝は夜以上に慎重に車を運転しなければなりませんので時間がかかってしまうのです。
それでも、頭の中のモヤモヤした気分を解消できるなら、それはそれでよいかと考えました。
道を歩く小学生に注意を払いながら、ゆっくり車を進めます。
道を右折。
その先に――ない。
普通の今風の住宅が立ち並んではいるものの、昨夜見た民家はありませんでした。
間違いなく、ここにあったはず。
車から降りて、この目でしっかりと確かめたのに。
あれはいったい、何だったのでしょうか。
この不思議な体験をもとに仕上げたのが、かなり前に発表した『IKOKU』というお話です。
ジャンルで言えば、異世界風現代ファンタジー的なお話になっています。
よろしかったらご覧いただければと思います。
では、また。
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