第6話 いやっ・・・
ショウウインドウの前に、淡いブルーのワンピース姿の女性が一人、佇んでいる。
二十代半ばだろうか。痩身で華奢な容姿。二の腕辺りまで伸びた長い黒髪と透き通るような白い肌が、神秘的な装いを奏でている。
道を行き交う人々は誰も彼女に気を止める事もなく、彼女自身も人に気付いてもらおうとは思ってはいないようで、完全に街角の風景の中に溶け込んでいた。
でも、私は気付いてしまった。
彼女の存在に。
私の意識を感じ取ったのか、彼女の身体が少し透け始める。
私は彼女に背後からそっと近づくと、両腕で彼女を抱きすくめた。
いやっ
彼女は嫌悪よりも苦悶に近い表情で呟くと、私の腕の中から消え失せた。
私の眼には、ショウウインドウの中のマネキンが映っていた。
私はじっとそれを見つめた。
淡いブルーのワンピースを着たマネキンは、張り付いたような模造の笑みを浮かべながら、私をじっと見つめ返していた。
目が覚める。
携帯を見るとまだ夜中の二時を少し過ぎたところだった。
夢だったのか・・・。
私は吐息をついた。
夢の中の話とは言え、幽霊にまで嫌われるなんてな。
まあ、いきなり見知らぬ男に抱きしめられたら、幽霊だって嫌なものは嫌なのだろう。
いやっ
いきなり、私の耳元で女性の拒絶する声が響く。
えっ?
驚いて見開いた私の眼に、頭の上から足元にかけて黒い影が走るのを見た。
今のは、何?
不意に、重い気に抱きすくめられる感覚が全身を襲う。
金縛りだ。
手足が動かない。
私はかっと眼を見開いた。
天井に、何やら蠢く黒い影の塊。
四人掛けの炬燵の様なそれは、朧げな輪郭をかろうじて留めながら、ゆっくりと私に近付いて来る。
息を短く、そして一気に強く吐く。
刹那、四肢を拘束していた呪縛が解けた。
「来るんじゃねえっ! 」
私は、それを寝た状態のままで思いっきり蹴り上げた。
手ごたえは分からない。当たってはいるのだけど、実感が無い。
だが。
黒い影の集合体は瞬時にして消滅した。
結局、その後、声の主も影の集合体も再び現れる事も無く、何事も起きないままで今に至る。
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