第5話 金縛り

 これは、ちょっと昔の話になる。

 その日、疲れた私と妻は、二階の寝室に向かった。

 因みに、私と妻はそれぞれ別室に寝ている。

 決して不仲という訳じゃない。

 原因は、私の鼾なのだ。自分では分からいないのだが、半端ない爆音だそうで。

 その日も、勿論それぞれ別の寝室のベッドに潜り込んだ。

 照明を消し、さあ寝ようと瞼を閉じた――刹那。

 きた。全身を包み込む妙な圧迫感。

 金縛りの前触れだ。

 私は眼を見開いた。

 何もいない。

 ですが、体の筋肉は完璧に硬直。

 この頃はまだ金縛りを自力で解く術を身に着けていなかったので、自然に解けるのをじっと待った。

 しばらくしてやっと解放。

 金縛りには慣れっこになっているので、特に恐怖心は皆無だった。それに、特に何も見えなかったし、声も聞こえなかったので、今回のは生理的なものだと思ったので。

 さっきは横向きに寝て金縛ってしまったので、今度は上向けに寝る事にした。

 目を閉じて、今度こそ眠りの世界に――えっ!

 何かが、足元から這いずりあがって来る。

 同時に、再び金縛り。

 今度は何か、いる。

 生唾を呑み込むと、目をこじ開けて足元を凝視。

 何もいない。

 刹那、全身の筋肉が弛緩する。

 金縛りが連続して来るなんて・・・最初の一発で油断させておいて、次の二回目が本命だったのか?

 今までに経験した事の無いパターンだった。

 二回目の金縛りの時は確実に何かが、足元から、脛、太腿へと摺り上がって来る感覚があった。

 姿や声は無かったものの、何かはいたと思う。

 明らかに、気配を感じた。

 私はベッドから身を起こすと、一度部屋の照明を点け、辺りを見渡した。

 勿論、何もいる訳が無い。

 安堵の吐息をつくと、私は再びベッドに横たわった。

 静かに呼吸を繰り返しながら、ゆっくりと目を閉じる。

 まただ。

 筋肉が硬直し、体が動かない。

 三回連続? そんな馬鹿げた事があるんかよって・・・起きちまってる。

 幸い? 三回目はあっという間に緊縛が解かれた。

 おかしい。

 絶対におかしい。

 私はベッドから跳ね起きると、部屋を出た。

 と、そこで丁度起きて来た妻と出くわす。

「さっきから、金縛りに何回もあって眠れない」

 妻が怯えながら私を見つめた。

「俺もだよ・・・」

 驚きだった。同じタイミングで、妻も同じ体験をしていたのだ。

「ひょっとしたら」

「かも知れない」

 私と妻はお互いの顔を見合わせた。

 お互い、思い当たる節があったのだ。

 私と妻は足早に階段を降りると、一階の、高校生の息子の部屋のドアをノックした。

 すると、ドアが開き、不機嫌そうな顔の彼が姿を現す。

「お前さ、何か妙な事やってない? 」

 俺は恐る恐る彼に尋ねた。

「ああ、今、イベントで百物語やってて――」

 彼の口から出た言葉に、私と妻の表情が強張る。

「そのせいかっ! 俺とお母さんさ、さっきから金縛りに連チャンあってて寝れないんだ。頼むからやめてくれ」

 俺は息子に懇願した。

 が、彼は困った表情を浮かべると、無情にも首を横に振った。

「大切なイベントなんだ。悪いけど、途中でやめる訳には行かない」

 彼はそう言うと、私の追撃を遮断するかのように部屋のドアをぴしゃりと閉めた。

 当時、息子はオカルト系のブログを運営しており、今回の騒動も直感的にもしやと思って彼を強襲したのだ。

 結果、私と妻の予想は、見事に当たってしまった。

 でも、残念な事に、息子は昔から良くも悪くも頑固と言うか、意志が強い。

 そんな彼が、私と妻の忠告を聞き入れるが無く、やむなく項垂れながら二階の寝室に戻ったのだった。

 結局その後も、目を閉じる度に金縛りにあい、解かれたと思って気を緩めるとまた金縛るといった事態を繰り返し続け、気が付けば朝になっていた。

 息子が百物語をやり切ったのかどうかは分からない。

 翌日、息子にも何かしらの霊障が起きてはいないかと聞いてみたのだが、驚いた事に彼の身には何も起きていなかったらしい。

 ひょっとしたら、彼を守っている御方の力が強烈に強いのだろう。

 当人に及ぶはずの霊障を、皆、私と妻の所に跳ね返したのだ。

 幸い、他の息子達は何ともなかったらしい。

 多分、彼らに危害が及ばない様、あえて私と妻が霊障を受け止めた様な気がする。

 因みに彼は霊感ゼロ。霊感のある方の息子なら、こんな事は絶対にやらないのだが。

 


 


 

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