第3話 死ナセテクレヨォ・・・

 私が散歩中に体験した話です。

 その日の夜も日課のウォーキングに出かけた私でしたが、その日はいつもと違う道を歩いていました。

 水田の間を抜ける道なんですが、車が十分擦れ違う事の出来るそこそこ広い道で、舗装もされています。

 流石にこの道は所々に街灯があり、一見、高速道路の脇を続くガードレール沿いの道より安心感があるように見えるのですが、私にとっては何処か違和感のある道なんです。国道に面した道で、途中、十字路があるのですが、ここで何故か事故が多い。

 私も二回ほど乗用車と学生が接触事故を起こした直後に出くわせたことがありまっす。幸い、大した怪我ではなかったようなのですが。

 でも、不思議な事に、周囲は水田しかなく、とんでもなく見通しの良い道なんです。それだけに、何故事故が多発するのか不思議でした。

 この道を歩く時に感じる違和感。

 これって、何なのか・・・。

 私は、私なりに調べてみようと思い立ち、幾度となくその道周辺を歩いてみたのですが、特に何も感じられませんでした。

 まあ、残念ながら、私には意識してそういったものを感知する力までは備わってはいません。

 ただ、ジョギングやウォーキングに無心に取り組んだ時に、色んな思考がゼロになる瞬間があるのですが、そんな時に何か妙なものを見たりするんです。

 脳内に分泌されたドーパミンのなせる技なのか。

 私は賢者タイムとよんだりしています。まあ、あの時の賢者タイムとはちょっと違いますけど。

 さて。

 その日、問題の道に差し掛かった時、私は既に何キロか歩いた後でしたので、全身の筋肉がほぐれ、とても気持ちのいい感じでした。 

 事故多発地点の十字路を過ぎた頃には、歩く事だけに没頭しているような感じでした。

 私の思考から、あらゆる雑念が消えていきます。

 水田から聞こえる蛙の声も、どこか遠くから聴こえてくるような感覚に。

 と、その時。

 不意に、人と擦れ違いました。

 カーキ色の作業服っぽい身なりの男性。見た目は二十代後半から三十代位か。

 携帯を見ながら俯き加減に歩いている。

 私と同じく散歩を嗜む者か。

 ちょっと待て。

 前から誰も歩いてきてないはず・・・。

 慌てて振り返る。

 誰もいない。

 気のせいだったのか。

 でも。

 擦れ違う瞬間、顔こそ見えなかったものの、服装はちゃんと捉えているし。

 彼がいたのは確か・・・何だけど。

 今の、何?

 私は踵を返すと、今まで来た道を引き返しました。

 勿論、人影はありません。

 その後、誰と会う事も無く、私は自分の家に帰り着きました。

 次の日の朝。

 そろそろ目覚ましが鳴る頃だ。起きようかなって思った瞬間――体が動かない。

 金縛り?

 それも寝起きにかよ。

 目をこじ開けて見ても、何もいない。

 不意に、耳元で誰かがぶつぶつ呟く声。

 若い男性のようだ。


 死なせてくれよう

 死なせてくれよう

 死なせてくれよう


 弱々しい頼りない声で、彼はそう繰り返し呟き続けたのです。

 私はぞっとするよりも、何だか無性に腹が立ってきました。

 気持ちの良い寝起きを妨げる金縛りとネガティヴな自己主張に、とうとう私の怒りの緒が切れた。

「馬鹿の事言ってんじゃねえっ! 」

「死ぬなんて簡単に言うな、この糞野郎がっ! 」

 姿の見えない声の主に、私は怒りの咆哮を上げました。

 同時に、金縛りが解け、声も聞こえず。

 何とも不愉快な朝の訪れに、私は苛立ちながら朝の支度に取り掛かりました。

 そして次の日の朝。

 昨日と全く同じタイミングで体が動かない。

 また金縛りかよ。

 でも今回は何となく気配を感じる。

 足元の方だ。

 目を開けて見てみると――いる。

 青白い顔をした作業服姿の青年が、私が寝っ転がっている布団の端の方に正座していました。

 直感的に感じました。

 二日前の夜、散歩のときに擦れ違った青年だと。

 彼は何故か、私に向かって手を合わせて、何度も何度も頭を下げて拝んでいました。

 その姿に、何故か再び無性に腹が立ってきた私は、容赦なく彼に怒声を吐きました。

「俺に手を合わしてもどうにもなんねえからなっ! どっかに消えろっ! 」

 そう叫んだ刹那、男の姿は掻き消すように消え去りました。

 何なんだよ、あいつ。

 呆然としながらも、私は朝の準備に取り掛かりました。

 それからは金縛りになることもなく、青年の霊も訪れることはなくなりました。

 いったい彼は、私に何を訴えたかったのでしょうか。



 

 


 

  

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