第33話 ほのぼの

「タナケン、早く本物の魔王を倒すのです」


 見覚えのある真っ白な空間。目の前には銀髪の女性が立っている。呆れているのか、怒っているのか、どちらともとれる視線を飛ばしている。


「またこの夢か。だから俺は勇者にはならないって」


「いいえ、貴方でなければ五大スキルは使いこなせません」


「嫌だって。あんな物騒なスキル。シャルに任せたおけば大丈夫でしょ」


「大丈夫ではありません。すぐに偽りの勇者からスキルを取り返すのです」


 銀髪の女性は睨みつけるように俺を見た。


「手遅れになる前に早く」


「手遅れ? どういう意味?(´・ω・`)」


「さもなくば……」


 銀髪の女性がそう言いかけた瞬間、俺の頭部に衝撃が走った。


 ********************************


「タナケンー! 起きろー!」


「痛いっ! 普通に痛いっ!」


 クロは新聞紙を丸めて作った剣(通称:クロソード)で、俺の頭をポコポコ叩きながら起こしてくる。もうちょっと優しく起こしてくれない?(´・ω・`)


「早く起きて! 早く!」


 俺はクロに引っ張られて体を起こした。


「ふわぁ……まだ7時じゃないか」


「早く行こ! 早く!」


 クロは自分の体より3倍ぐらい分厚いリュックを背負い、その場で足踏みする。昨晩、リュックにお菓子を詰め込んでいるのを見た。セレブ時代に着ていた毛皮のコートをいつの間にか売っていたらしく、お菓子はそのお金で買ったのだろう。


 今日は三人で近くの森に行き、モンスター討伐することになっている。日雇いの仕事ではなく、スキルを習得するためにモンスター討伐するという修行のような予定。


 そんな真面目な予定を立てたのは、クロだった。


「つよつよスキルを手に入れて勇者になるぞー!」


 クロはクロソードを天井に向けて突き上げる。


 どうやらシャルに助けてもらったことで、勇者に憧れを抱いたようだ。サインを貰った日から「クロ、勇者になるー!」と言い続けており、彼女の勇者ごっこに付き合うため、今日の予定が組まれた。


「お弁当できたわよ」


 台所から出てきたアイリはクロのリュックに弁当と水筒を詰め込む。俺も絆創膏などを詰め込んでから出かける支度を始めた。


「モンスター出てこーい!」


 タナケンハウスを出て二十分後、俺達は近くの森を探索していた。ここに生息しているモンスターは低ランクばかりだし、普通に散歩している人も多い。万が一、ドラゴンが現れたとしても助けを呼べるだろう。


「ピギィー! ピギィー!」


「出たな、魔王ー!」


「クロ、それ魔王やない。ただのガントバシウサギや」


 クロはクロソードを構えて、ガントバシウサギと睨み合いをする。先に動いたのはガントバシウサギだった。


「ピギィ! ピギィー!」


 両手の中指を立てて挑発するガントバシウサギ。しかし、クロは挑発に乗らず、じっくりガントバシウサギとの間合いを詰める。


「ここだー!」


 リーチ内に捉えたクロは体全体を使って思いっきりクロソードを振った。


「ピギィ!?」


 ガントバシウサギは紙一重で攻撃をかわした……というよりビックリして後ろによろけただけ。


「うわー」


 クロはそのままベイゴマのように回り続けて、そのまま目が回って「きゅ〜」と情けない声を出しながらノックダウンしてしまった。


「クロ! 大丈夫か!?」


「きゅ〜」


「ダメそうだ(´;ω;`)」


 ガントバシウサギは勝ち誇ったように「ピギィー! ピギィー!」と鳴きながら左右にステップしている。


「ほら、貸してみなさい」


 アイリは敗北したクロに呆れつつ、クロソードを手に取り、ガントバシウサギを見た。


「ピギィー! ピギィー! ピギィ!?」


 一瞬だった。いつの間にかアイリはガントバシウサギの後ろに立っており、余裕をぶっこいていたガントバシウサギは後ろに倒れてしまった。


 ボン!


 あ、死んだ(´・ω・`)


「こんな感じよ」


 ドヤ顔のアイリだったが、なに一つ参考にはならなかった。あまりに早すぎてガントバシウサギも切られたことに気づくのに遅れたように見えた。ま、切られたと言ってもクロソードは新聞紙丸めただけで切れ味ないんだけどね。


「今のは剣術スキルか、いつの間に習得したんだ」


「あなた達がセレブ生活を送っていたときよ」


 まさか一人で修行していたとは……真面目だなぁ(´・ω・`)←不真面目な主人公


「アイリ凄い! クロもあのスキルほしい!」


 仰向けになりながら一部始終を見ていたクロは起き上がり、アイリに詰め寄る。


「アイリ! さっきのスキルちょうだい! クロのドカ食い気絶(レベル5)あげるから!」


「あげないし、いらないわよ!」


 交渉決裂、そりゃそうだ(´・ω・`)


 それから俺達はガントバシウサギや二重瞼コウモリなど弱いモンスターを見つけては討伐した。


「タナケン見てたー? クロ、モンスター討伐したよー!」


 クロは嬉しそうに報告してくる。討伐したのはガントバシウサギだし、クロソード(既に折れてボロボロ)を使って辛勝ではあったが、これまで彼女と比べたら大きな一歩である。


「見ていたぞ、クロ(´;ω;`)」


「なんで泣いているのよ」


 アイリにツッコミを入れられる俺氏。


 ドサッ!


「!? クロ、どうした!?」


 急にクロが倒れてしまい、俺とアイリはすぐに駆け寄った。


「お腹すいた」


「もう13時だもんね(´・ω・`)」


「クロにしては長く持った方だわ」


 俺達は森を抜けてモンスターが少ない原っぱにレジャーシートを敷いた。


「アイリの作ったお弁当はおいしいねー」


 さっきまで死にかけていたクロはムシャムシャと弁当を食べる。確かに美味しい。卵焼きには砂糖が入っていて少し甘いし、からあげもジューシーだ。


「そうだな。めっちゃ美味い」


「べ、別にあなたの好みに合わせたわけじゃないんだからっ!」


 うん、絶対好みに合わしてくれているよ。クロの好きなハンバーグも入っているし(´・ω・`)←卵焼きは砂糖入れる派


「モンスター討伐したし、これでクロも勇者の仲間入りだねー」


 クロは俺の弁当にあったハンバーグをつまみ食いしながら得意げに話す。


「あのな、クロ。勇者になるにはもっと強くならないといけないんだぞ」


 クロは「ふーん」と理解したのかしていないのかわからない顔で、俺の弁当にあった唐揚げをつまみ食いした。


「そういえば、聞き忘れていたけど」


 アイリが自身の弁当にあった唐揚げを俺の弁当に移しながら話し出す。


「どうしてタナケンは勇者にスキルあげたの?」


「なんだ、シャルとの会話を聞いていたのか」


「近くの席で盗み聞きしていたからね」


 全く気づかなかった(´・ω・`)


「あなたは五大スキルって言っていたけど、あのドラゴンを瞬殺するなんてとんでもないスキルじゃない。どうして自分で使わないの?」


「いや、俺は勇者とかやる柄じゃないからさ。誰か勇者になりたがっている奴が持っておいた方がいいだろうなって」


「それ、本当?」


「え、なんで?」


 アイリはジト目で不満げに言う。


「あのシャルって勇者のことが好きだからスキルを貢いだんじゃないの?」


「なっ!? なななななんてことを言うんだ! そそそそそそんなことあるわけないだろ!!!!????」


 俺は真っ向から否定した、無実だと否定した。嘘ジャナイヨ?


「そもそもあんな強いスキル、どうやって手に入れたのよ?」


「あぁ、なんか知らない人から貰った」


「へ?」


「この世界に来たときに知らない女性から貰ったんだ。五大スキルを使って魔王を倒せとかなんとか」


 俺がそう言うと、アイリは余計に混乱気味になる。


「この世界ってなによ?」


「いや、俺は元々この世界の住民じゃないんだ。トラックに轢かれて、謎の女性からスキル貰って、なんか気づいたら若返っていて、この世界にいたんだ」


「え? どこから本当?」


「全部、本当だよ!(´;ω;`)」


 アイリは「仮に本当だとしても、どうしてスキルをあげちゃうのよ。勇者じゃなくてもスキル資産家の資産として活用すれば良かったんじゃない?」と首を傾げながら言う。


「世界が平和じゃなければ資産があっても意味ないだろ? 元々、他人から貰ったスキルだったし、本当に世界を救いたくて力があるやつが持っておくべきだって思ったんだ」


「それで勇者にスキルをあげたの?」


「ああ、一緒に暮らしていた時期もあって信用できたからな」


 この世界にはレアスキルを狙った殺人事件が起きることもある。「レアスキルを借りた人物が元の持ち主を殺害して、そのままスキルを手に入れる」とか、貴族同士で「このままレベル5スキルが増え続けたら価値が薄れるから不意をついて持ち主ごと闇に葬る」など、レアスキルを持っているだけで命を狙われることもあるのだ。


 シャルは純粋に世界を救いたいと願っていた。もし仮にアレが嘘で彼女に殺されるとしたら、それは俺の見る目がなかったとしか言いようがない。次はすんなり殺されてやろう。


「ねぇ、タナケン」


 ムシャムシャと咀嚼音を立てながらクロが訊いてくる。


「もし元の世界に戻れるようになったら帰っちゃうの?」


 その問いかけにアイリは「えっ!? 帰っちゃうの!?」と驚きながら俺を見た。


「まさか。お前らを残して帰るわけないだろ」


 俺は笑いながら答えた。俺がいなくなったらクロは飢え死にするだろ。あと元の世界には借金があるから普通に帰りたくない(´・ω・`)


「そ、そうよね! ビックリさせないでよ!」


「良かったねー、アイリ。ムシャムシャ」


「ど、どういう意味よ!?」


 ま、借金がなくてもここでの生活は気に入っているし、このまま平穏に暮らせればそれでいい。


 ゆったり暮らせれば、それでいいのだ。


 ********************************


 その日の夜、また夢を見た。


「早くスキルを取り戻すのです」


 銀髪の女性はいつもより怒った顔をしていた。


「もう時間は残されていません」


 銀髪の女性は俺を睨んだまま言う。


「さもなくば、貴方は――」


 ――全てを失うでしょう。

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