第19話 お友達
「あのタナケンという者は……勇者が昔住んでいたアパートに今住んでいるのです!!」
セバスチャンは驚愕の事実を話す。いや、全然驚くことではないんだが。
「な、なんと! ……いや、それは警戒することなのか?」
予想外の情報にゴルバグも困惑しているよ。
「それだけではありませんぞ! タナケンは勇者が勇者になる前、つまり2年前まで勇者と同居していたのです!」
「な、なんと! ……いや、要するに勇者の友達ってだけじゃね?」
ゴルバグはセバスチャンのことを「なに言っているんだ、コイツ」と言いたげな目で見ている。
「それだけではありませんぞ! 奴のことをいくら探っても3年より前の情報が出てこないのです!」
「な、なんと! ……ただの怪しい奴じゃねーか」
俺は「怪しくねーよ!」とツッコミを入れる。
「ゴルバグ様、油断してはなりません。奴と勇者には共通点が多いのです!」
「いや、今の情報だと同居していたことしかわからんのだが……」
額に汗をかきながら俺の危険性(?)を語るセバスチャンと、「別にたいしたことなくね?」と思っていそうなゴルバグ。
「なにを言っているのですか、ゴルバグ様。勇者と言えば2年前にいきなり頭角を表した謎の人物ですぞ!」
「ま、まぁ……当時は話題になっていたが……」
「勇者の方も勇者になる前の情報が少なく、それまで大した実績もなかった農民がいきなり勇者に成り上がっています! なにかあるに違いません!」
「うーむ、誰かから強いスキルを譲り受けただけじゃね?」
セバスチャンは「このわからずやが!」とゴルバグを怒鳴りつけた。
「私、偉い市長なのに執事に怒られちゃったよ……(´;ω;`)」
泣き出すゴルバグ。二人とも会話に夢中になっているから、ひとまず俺はバレないようにクロの方へ向かう。
「現勇者と言えば過去最強と言われているほどですぞ! そんな勇者になれるようなレアスキルを誰かが譲受したり、貸したりするはずがありません!」
「しかしセバスチャン、実は貴族的な知り合いがいてレベル5スキルを貸してもらったとかならワンチャンあり得るだろう」
「このバカチンが!」
「うぅ……(´;ω;`)」
二人にバレないままクロの元に辿り着いた俺は縄を解いてやった。クロは朝食(時間的に昼飯)を食べ終えたことでドカ食い気絶スキルが発動して寝ている。これ、本当に人質か?
「私は一度だけ勇者である彼女の戦闘を見たことがあります」
「ほう、それで?(´;ω;`)」
「噂に違わぬ戦闘力でした。私のような執事でも過去にレベル5スキルを見る機会は何度かありましたが、勇者の使用していたスキルはそれらを遥かに上回っていました」
「気のせいじゃない?(´;ω;`)」
セバスチャンは再び「このポンコツ市長が!」と怒鳴りつけた。俺はクロをおんぶして、そのまま市長室の出口へ向かう。
「勇者のスキルはハッキリと次元が違ったのです! しかも私が見た限り、スキルを複数個使用していました! レベル5を超えたスキルを複数個なんて譲受がどうこうの前に見つけることすら難しい! 決して農民が手に入れられる代物ではないのです!」
「(´;ω;`)」
ふぅー、無事に市長室を出れたぜ。
「そんな謎多き勇者と過去に同居していて、かつ私の情報索敵が通用しないタナケンは警戒するに越したことのない相手です!」
「しかし、あんな貧乏そうな若者がレアスキルを隠し持っているとは思え……あれ、いなくね?(´;ω;`)」
********************************
「いやぁ、大変な一日だったなー」
俺はドカ食い気絶しているクロをおんぶしながら街を歩く。アイリのために一発ぐらいゴルバグを殴りたかったが、もし俺が暴行罪で逮捕されたらクロが餓死してしまうし、感情に身を委ねるのは止めておいた(冷静)。
「タナケン! 無事だったのね!」
前からアイリが走ってくる。
「家で待っていろって言っただろ」
「待っていられるわけないじゃない!」
「えー……じゃあ、今鍵開けっ放しってこと?」
「あの家に盗まれて困るような物ないでしょ」
その通りではある。
「待て! タナケン!」
今度は後ろからゴルバグとセバスチャンが追ってきた。
「うわ、逃げたのバレた(そりゃそう)」
「むっ! アイリ、生きておったのか!」
「ご、ゴルバグ様……」
まずい、アイリとゴルバグを会わせてしまった。
「アイリ、心配していたぞ」
うわ、市民が見ている街中だからってヤバヤバの森に行かせたのをなかったことにしようとしている!
「アイリ! 騙されちゃダメだ! こいつはお前を利用して選挙の投票を稼ごうとした奴だ!」
「な、何を言うか! 市民の皆さーん! 私とアイリはズッ友ですよー!」
ゴルバグは慌てながら市民に仲良しアピールする。嘘下手すぎだろ。
「ほら、アイリ! 我らの館に帰るぞ!」
そのままゴルバグはアイリの手を掴み、連れていこうとする。
しかし、アイリは「いやっ!」と否定して手を振り解いた。
「アイリ……市民の皆さーん、ご安心ください! ただの反抗期ですからー!」
どんだけ必死なんだ、このおっさん。
「私を拾ってくれたことには感謝していますが……スキルなしでヤバヤバの森に行けというのは私を捨てたのも同じようなものです」
アイリはぎゅっと握りしめた手を胸に当てながら話す。自分を勇気づけるように。
「私はあなたのためなら命は惜しくありませんでした。でも、あんな馬鹿息子に私のスキルを渡そうとしたことはやはり許せません」
あ、怒っているのそこなんだ。
「アイリ……市民の皆さーん、ご安心ください! 私はヤバヤバの森へ行けなんて言っていません! 近くの公園で遊んできなさいと言ったのをアイリが聞き間違えただけですからー!」
あのおっさん、もう色々と見苦しいぞ!
「ほら、我儘言わずに私と帰るんだ!」
「いやっ! もう私は誰かに裏切られたくないの!」
おそらくアイリも孤児だったんだろうな。裏切れることには人一番敏感なのだろう。
「おい、ゴルバグ! いい加減諦めろ!」
「くっ、よそ者が口出しするな! これは家庭の問題だ!」
「離して!」
くそ、どうにかしなくては。一応、市民は「なにやってんだ、あの市長」な目で見ているが、ここは決定的なゴルバグのダメさをアピールしないとダメだ。
俺はおんぶしているクロを下ろしてから、彼女の両足を掴んだ。そのまま逆さにして上下に揺らす。数回揺らしたところでクロの体からスキル玉がポロッと落ちた。
「ゴルバグ、これでもくらえ!」
俺はスキル玉を投げると、ゴルバグの体に当たった。
「ぐっ! なんだ!? なんのスキルを押し付けやがった!?」
「ゴルバグ様! 大丈夫ですか!?」
慌てるゴルバグとやっと会話に混じったセバスチャン。
「ハッ! 急にお腹が空いてきた!」
「ゴルバグ様! そんなことを言っている場合ではないでしょう! 早くあの娘をどうにかしないと!」
「えぇい! そんなことより飯だ!」
「ゴルバグ様!?」
困惑するセバスチャンを突き飛ばし、ゴルバグは近くのファミレスに入り、客が食べていたパスタを横取りにした。
「ちょっと私が食べているのよ! って市長!?」
「えぇい、お前の食事もよこせ!」
「お、俺のハンバーグが!」
暴食するゴルバグと戸惑う市民。
「貴様! ゴルバグ様になにをした!」
セバスチャンは俺の胸ぐらを掴んできた。
「フッ、俺達の切り札を渡しただけ」
「切り札だと!?」
そう、数日前にクロが習得したスキル『腹ぺこになるスキル(レベル4)』だ。
今、ゴルバグは食事を最優先する生き物と化している。どれだけ食べても空腹状態で、食欲が満ちることはない。恐ろしいスキルである。
「貴様! 呪いのスキルを使いおったな!」
呪いのスキルではないと思うけど、実質呪いのスキルだ。
「くっ……! ゴルバグ様、おやめください! このままでは市民への印象が!」
「うるさい! 市長である私に逆らうのか!」
ふふふ、計算通りだ。これで次の選挙はボロ負けだろう。
「おい、早くゴルバグ様のスキルを回収しろ!」
「スキルを回収する気はないが、確かに頼んだ食事を横取りされている客が可哀想だから食事を止めてやるぜ」
「本当か!?」
俺は再びクロを逆さにして上下に振る。爆睡しているクロは再びポロッとスキル玉を落として、それをゴルバグに投げつけた。
「ふごっ……ぐーぐーぐー(いびき)」
「ゴルバグ様! 貴様、なにをした!?」
「ドカ食い気絶のスキルを渡したのさ。これで食事は治ったぜ!」
いびきをかきながら爆睡するゴルバグ。それを見た市民の反応は予想していた通りだった。
「うわっ、手で飯を食べていると思ったら急に寝始めた」
「私の頼んだメニューを横取りしておいて寝るなんて」
「こんな奴が今まで市長だったのかよ!」
ついに騎士団に通報されたゴルバグはセバスチャンと共に連れていかれるのであった。
「よし、これで一件落着だ! ……あっ、アイリのスキルを取り返すの忘れていた」
「もういらないわ」
「えっ」
「あれはゴルバグ様……いいえ、ゴルバグのために習得したスキルだもの。もう私には必要ないわ」
「そっか……んじゃ、帰るか」
こうして俺とアイリと気絶したままのクロ(ドカ食い気絶スキルはまだレベル2と3が残っている)は家に帰るのであった。
ちなみにその後、ゴルバグはなんか色々の罪で牢屋に送られて選挙権も剥奪された模様。やったね。
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