第18話 消えたクロ

 俺は(病院でアイリの足を治療スキルで治してもらい、スーパーの特売でアイリ歓迎会パーティー用セットを買い、ついでに寄り道してアイリとアイスを食べてから)帰宅した。


「ここが我が家だ」


 アイリは「小さいわね」と言いたげな顔をしていたが、口に出さなかった。


「クロ、ちゃんとお留守番してい……ってアレ?」


 部屋に入ったが、クロの姿がない。三畳弱のワンルームだから隠れようがないし、トイレや風呂場(スキルで水や火を用意する必要あり)にもいない。


 そして、テーブルには食べかけのトーストと封筒が置いてあった。


「おかしい……あのクロがトーストを食べかけで外出するなんて。普段ならドカ食い気絶して、そこら辺に転がっているのに……」


「それより封筒の中を確認してみたら?」


 俺は封筒を開けて、中に入っていた手紙を読む。


『貴様の奴隷は預かった。返してほしければ、市役所五階にある市長室に来い。もし来なかった場合は奴隷を殺す。それと騎士団とかには絶対通報するな。通報した場合も奴隷を殺す。それとタイムリミットは今日までだ。一秒でも遅れたら奴隷を殺す。セバスチャンより』


 く、クローーーーーー!!!!!!


「アイツら、俺の大切な仲間であるクロを人質にするなんて許せねー!」


「早く騎士団に通報しなきゃ!」


 アイリは通報しに行こうと玄関を開けようとした。その勢いでドアノブが取れた。


「待て!」


 俺はアイリの腕を掴んで阻止する。


「まさか一人で行く気!?」


「当たり前だ。クロを死なせるわけにはいかない」


「そんな無茶よ! 罠に決まっているわ!」


「それでも俺は行かなきゃいけないんだ! クロは俺の相棒で、ずっと家でゴロゴロしていて、アイツが食べまくったせいで貯金が消し飛んだし、習得スキルは使えないものばかりだし、ぶっちゃけ助けなくても何一つ困ることはないけど……それでも見捨てられないんだ!」


 俺は家にあった箒と塵取りを手に取る。


「これでもなにも装備しないよりはマシだ」


「本当になにもないよりはマシね」


 アイリに白い目で見られながら俺は家を飛び出た。後ろから「あっ、ちょっと!」と声が聞こえたが、振り向くことなく「アイリはそこにいろ!」と叫んだ。


 待っていろ、クロ。今助けに行くからな!


「ママー! あの人、箒を持って走っているよ」


「見ちゃいけません!」


 ********************************


 こうして市役所の一階で受付を済ました俺は市長室へ辿り着いた。


「フッ、遅かったではないか」


 市長室には偉そうに両手を後ろに組んでいるゴルバクが待っていた。その後ろでは縄でぐるぐる巻きにされたクロが横たわっている。


「ちゃんと来たぞ! 約束通り、クロを返せ!」


「フン、あんなの嘘に決まっておるだろ! 二人ともここで死んでもらう!」


「き、貴様! クロは関係ないだろ!」


 俺がゴルバクに向かって怒鳴りつけると、後ろでぐるぐる巻きになっているクロが陸に上がった魚みたいにぴょんぴょん飛び跳ねた。


「そうだよ! クロはお家に帰って朝食の続きを食べるのー!」


 まー関係ないとは言ったけど、この状況ですんなり帰ろうと思えるのはなかなか図太い。あともう昼過ぎだぞ。


「ダメだ、この娘も我々の秘密を知っている可能性がある。生かして返すわけには……「いやー! クロはお家帰るのー!」


「ゴルバグ! お前の思い通りにはさせ……「お腹すいたー! 早く帰りたいよー!」


 俺とゴルバグは激しく言い合うが、後ろでぴょんぴょん跳ねているクロの方が大きい声を出している。


「クロ! ひとまず、これでも食べていろ!」


 俺は家から持ってきた食べかけのトーストを投げた。クロは手足がぐるぐる巻になりつつも上手くジャンプして、口でトーストをキャッチした。


「ムシャムシャ……コーンスープも欲しい」


 クロは人質という立場でありながら、食事への妥協を見せることはない。ある意味頼もしいやつだ。


「フン、せいぜい味わって食べるんだな。その間に私はお前の主人を倒しておこう」


 ゴルバグがこちらへ歩いてくる。


「今の私にはアイリから奪った『剣を振るだけで衝撃波が発生するスキル』と『防御力がめっちゃ上がるスキル』を持っている。貴様ごときでは勝てまい」


「くっ……」


「どうした? 足掻きもしないのか? ふふふ……ははははははは!!!!」


 ゴルバグは戦う前から自身の勝ちを確信し、大きな口を開けて高笑いしている。


「ははははははは!!!!……むぐぅ! ゲボゲボゲボ!!!!」


 俺は高笑いしているゴルバグの口へ水ジャバジャバで発生させた水を飛ばすと、奴は思いっきりむせた。


「ゲホ! ゲホ! 貴様許さんぞ!」


「うるせー! こっちだってアイリをあんな目に遭わせて、オマケにクロの朝食を邪魔されて怒っているんだ! さっさと本気でこいや!」


 俺はブチギレながら両手の中指を立てる。ガントバシウサギ、マジリスペクト。


「貴様、見せてやる……! アイリから奪った『剣を振るだけで衝撃波が発生するスキル』の力をな!」


「くっ……!」


「私を怒らせた方を後悔するがいい、ふふふ……あっ」


 ゴルバグの間抜けな声に俺は「?」マークを浮かべる。


「この部屋に剣なかったわ、てへぺろ」


 ゴルバグは拳を頭につけてウインクした。ドジっ子か。


「こほん! えー、その手に持っている箒貸してくれんか? もしかしたら衝撃波が出るかもしれ……痛い! 痛い!」


 俺はふざけたことを抜かしやがるゴルバグを箒で何度も叩いた。アイリから奪った防御系スキルはオフにしているのか、普通にダメージが入っている。こいつ、弱いぞ!


 と完全に油断していると――


「貴様、なにしている!」


「あちちちち!!!!」


 後ろからセバスチャンの炎スキルをくらい、慌てて水ジャバジャバで消火した。


「おお! でかしたぞ! セバスチャン!」


「ゴルバグ様、あのタナケンという者の情報を手に入れてきました」


「なに!? 俺の情報だと!?」


 もしも俺がここに来なかったときのために情報を集めていたのか。くっ……いや、でも俺知られて困ることないぞ。


「それでセバスチャンよ。なにか収穫はあったのか?」


「ゴルバグ様、あやつを侮ってはいけません!」


 セバスチャンは俺からゴルバグを守るように両手を広げる。


「セバスチャン、どうした。アイツはただの自称個人事業主のクソニートではなかったのか?」


 ひでぇ言われようだ。


「いいえ、ゴルバグ様。奴の正体は恐るべき存在だったのです!!!!!!」


 セバスチャンは重大発表するかのようなテンションで発言した。


 あれれ、俺なにかやっちゃいました?


 全然、心当たりないんだけど。

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