第17話 トースト派

『ギャウオオオオン!!!!』


「なにをそんなにお怒りなのですか?」


 俺は怒り狂っているドラゴンについ敬語で話しかけてしまった。


「多分、これのことじゃない?」


 アイリは下に敷いていた座布団を指差して言う。座布団とはさっき倒したチビドラゴン二頭のドロップアイテムである翼のことだ。なんか地面は食べカスとか骨とか落ちていて汚れていたから、座布団代わりとして使っていたのだ。


 そういえば、この大きなドラゴンも体が黄色だし、さっき倒したチビドラゴン達の親かもしれない。ということは……やべぇ!


「アイリ! 早く!」


「え、ちょ、ちょっと!」


 俺はアイリを背中に乗せて走り出す。しかし、ドラゴンは俺達から視線を外さず、ガン見して吠えてくる。ロックオンされとるやんけ!


『ギャウ! ギャウオン!』


 ドラゴンは大きく翼を動かして作った突風を俺達にめがけて飛ばしてきた。思いっきり直撃した俺は宙に浮かされ、壁に叩きつけられる。


「ぐべらぁ!」


 情けない声が出たが、どうにか宙で抗ったことでアイリを守ることはできた。


「あなた、大丈夫!?」


「全然、問題ないぜ!(問題ないとは言っていない)」


 壁とドラゴンに挟まれているせいで、出口まで行けない。つーか骨とか落ちていると思ったけど、この建物はドラゴンの巣と化していたのか。もっと早くに気づくべきだったぜ。


「こうなったら仕方ない。とっておきの切り札を使うか」


「切り札なんてあったの?」


「ああ、この間クロと焼き芋作っていたときに習得した炎ボーボースキル(レベル1)がな!」


「……それ、料理に使う弱火スキルじゃない」


 アイリにツッコミを入れられたが、俺の持っているスキルの中では一番ダメージを与えられそうなスキルなのは間違いない。いくらドラゴンでも眼球とかに直撃したら怯むだろう。倒せなくてもいい。逃げれば勝ちなのだ。


「くらえ! アルティメットタナケンファイヤー!!!!」


 俺は高らかに炎ボーボースキルを使った。


 ……使ったはずだった。


 アレ? 炎が出てこない。


『ギャワオン?』


 炎は出ず、ドラゴンの頭に「?」マークが出てきた。


「ちょっと! なにしているのよ!」


 背中からアイリのツッコミが聞こえる。いや、俺もクソダサい技名発言してなにやっているんだろうな?


 あっ! そうだ、昨夜……



 ********************************


 これは昨夜の出来事。


「明日も朝からバイトだから留守番しているんだぞ」


 俺はベッドの上でゴロゴロしているクロに留守番を頼んだ。


「明日の朝食はー?」


「適当にパンでも食っておけ」


「えー、またパンなのー?」


「わがまま言わないの!(おかん感)」


 クロは「やだー」とぶーぶー文句を言い出し、適当に宥めた。


「じゃあ、トーストにするから炎ボーボー貸して」


「しょうがないなぁ」


 ********************************



 そうだ、クロに貸していたんだった。


 え、この状況ヤバくないか(今更感)。


「に、逃げるしかねー!」


 俺はアイリを背負ったまま出口へ走り出す。


『ギャウオオオオン!!!!!!』


 しかし、ドラゴンの口から炎が吹き出し、行く手を遮る。


「えぇ……お前、火吹けんのかよ」


「早く私を下ろして! あなた一人なら逃げられるでしょ!」


 おんぶ状態だったアイリがジタバタ暴れ始めてしまい、俺は慌てる。あわわ。


「お、おい! 暴れるな!」


「もう私のことはいいから! このままじゃ二人とも丸焦げになっちゃう!」


「丸焦げにならねーよ! 俺、無事に帰れたら普段より少しだけ高い飯食べるんだ」


「死亡フラグ立てているんじゃないわよ!」


 俺とアイリがああだこうだ言っている間にドラゴンが再び炎を吐き出した。俺達に向かって。


「ぎゃああああ!」


 俺は悲鳴をあげながら水ジャバジャバスキルで水のシールドを作った。どうにか炎を相殺……じゅぅ〜ー。相殺できていない! 服が燃えて普通に熱い!


 再び水ジャバジャバスキルを使い、消火する。あぶねー!


 とか言っている間にドラゴンは大きく口を開いて追撃してくるようだ。


「くらえ! 農業必勝セットビーム!」


 俺は水ジャバジャバで発生させた水を風ビュービュースキルの風で勢いよく飛ばした。ちょっと強い水鉄砲みたいなものだが、上手いことドラゴンの目に直撃した。


『ギャウオ!?』


 今のうちに逃げるべ! 出口に向かって全力で走り、ドラゴンの巣から脱出!


 そのまま元来た道を戻ろうとするのだが、後ろからドシドシと大きな足音が聞こえる。


「くっ! あと3時間ぐらい怯んでいてほしかったのに!」


『ギャウオオオオン!』


 ダメだ、このままじゃ追いつかれる。風ビュービューで追い風を作っているが、差は徐々に縮まっていく。……いや、それでも俺はアイリを下ろしたりしないぞ!


 そのときだった。前方から鳴き声が聞こえてきた。


「ピギィー! ピギィー!」


「げっ! またオウムマンか……いや、違う!」


 中指を立てながら左右にステップするウサギの姿。


「ただのガントバシウサギだ!」


 俺が近づくと、ガントバシウサギは逃げ始めたが、すぐに耳を掴んでドラゴンの方へ投げ飛ばした。


「ピギィーーーーーーーーーー!!!!!!」


 くるくると回りながら空を舞うガントバシウサギはドラゴンを飛び越えて、巣の方へ落ちていく。奴は空を待っている間も中指を立て続けており、それを見たドラゴンは足を止めた。


 そして、後ろに振り返り、自分の巣へ戻り始めた。おそらくガントバシウサギという侵入者を排除しにいったのだろう。


「よし! 今のうちに逃げるぞ! あの雑魚モンスターじゃ2秒ぐらいしか時間を稼げないからな!」


「それ、時間稼ぎになっているの?」


 アイリは呆れているような声で言った。


 けれど、その後ドラゴンが追ってくることもなく、ヤバヤバの森を抜けるまで他のモンスターに遭遇することはなかった。単に運が良かったのか、それともドラゴンが棲みついたことで他のモンスターが減っていたのかはわからないが、どちらにしても助かった。


「ふぅ……ここまで来れば大丈夫だろう。あとはあのクソ市長がいる街を避けて家に帰るだけだ」


 アイリを背負ったまま、俺はクソ市長のいる街を迂回しながら帰路につく。


「……どうして私なんか助けたのよ」


「助けるに決まっているだろ。そもそもアイリだって俺達を助けてくれたじゃないか」


 あのとき助けてくれなかったら俺もクロも今頃、肥料になっていただろうな。


「あれは……たまたま見かけただけだし」


「なら、俺もたまたま見かけたから助けたでいいだろ」


「……よくない」


「なんで?」


 俺の問いかけにアイリはすぐ答えなかった。再び彼女が口を開いたのは、会話が途切れたと思い始めた頃。


「私は奴隷だし……」


「まだそんなこと言っているのか。俺、奴隷とか気にしていないから」


「気にしないって……あなたにはメリットなんてないのに」


「人助けにメリットもデメリットもあるか」


 のんびりと歩く。走れるほどの体力は残っていないけれど、たまにはこういう時間も悪くないなとは思う。


「俺も現実世界では友達も作らず、極力一人でいられるようにしていたんだけどさ」


「現実世界?」


「そこは気にするな。んで、もう少しで夢が叶うかもしれないってところまでいったんだよ。でも最後の最後で甘い考えが出ちゃって人を信じようと思っちまったんだ」


 アイリは黙って、独り言のような俺の話を聞き続ける。


「結局、そいつは悪い奴で俺は騙されてしまって、この世界に来たわけになるんだが……まぁ、ここに来たときは仲間なんて作らねー、もう人は信じねーって思っていたわけよ」


 そう考えていたんだけどな。


「でも大家さんとかに助けてもらってな。結局、一人で生きていくのは難しいってことに気づいたわけよ。んで信用できる友達も一人だけ作れたんだが、そいつがよく言っていたんだ」


――誰かが傷つくぐらいなら自分が傷ついた方がマシだ。


「ってな。言っておくが、そいつは俺より弱かったんだぞ。でも俺がピンチなときは助けに来てくれたし、なんつーかまだ人を信じることができていた小さい頃の自分を思い出してな。ちょっとだけ考えを改めたんだ」


 まー、今も大半の人間は信用できないんだけども。


「その友達は今どうしているの?」


「さあ? 今どこにいるのかもわからんけど、そのうち帰ってくるんじゃないかな」


「……かなり適当な付き合いなのね」


「ま、ぶっちゃけそいつの信条とかはどうでもいいんだけどさ。俺はそいつしか友達がいなかったからちょっと寂しくてな。仲間が欲しいと思っていたところだったんだ」


 その結果、クロを仲間にして破産したわけだけども……まぁ、後悔はしていないかな。


「だから、この世界での人付き合いは大事にしたいし、結果的にデメリットだったとしても知り合いを見捨てるほど落ちぶれてはいないってことよ」


「……よくわかんない」


 アイリは戸惑いながらボソッと言う。俺も自分で言っていてよくわからなくなっていた。


「ま、とにかくしばらくは俺の家にいろよ」


 それからアイリは何も喋らなかったが、おんぶされている彼女の手が少しだけ強くなったような気もした。



 ********************************


 その頃、クロはトーストを食べていた。


「タナケン帰ってくるの遅いなー、ムシャムシャ(咀嚼音)」


 ピンポーン!


「あ! 帰ってきた!」


 ドアをガチャっと開けるクロ。


 しかし、そこに立っていたのはタナケンではなく、セバスチャンだった。

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