第15話 タナケン、クビになる
市役所の清掃バイトを始めて二週間が経った。
ゴシゴシ、キュッキュッ!(掃除描写省略)
「ふぅ……クソめんどくさいトイレの掃除は終わった。あとはオフィスだぜ」
俺は順調に仕事をこなしていた。最初は先輩のおばちゃんに虐められていたが、俺の掃除スキルによる圧倒的かつ効率的な作業を認めてくれて、今では飴ちゃんをくれる仲となった。
「今日もしっかり掃除しているようだな」
「あ、セバスチャンさん。今日も市役所のゴミを駆逐していきます!」
「うむ。お前には期待しているぞ。クロとかいう娘は何の役にも立たなかったが」
セバスチャンは両手を後ろに組んで、すたすたと廊下を歩いていく。が、すぐに立ち止まった。
「ああ、今日は給料日だから仕事が終わったら、私の元へ来なさい」
「はい! 帰りに伺わせていただきます!」
ついに給料日や! これでクロに新しい服を買ってやれるぞ!
さっさと仕事を終わらせて、給料を貰いに行こう!
ゴシゴシ、キュッキュッ!(装備描写省略)
「よし、終わった! あとはセバスチャンさんから給料を……って、あの爺さんどこにいるんだろう」
俺は案内図を見るも、セバスチャンがいそうな場所がわからず適当に市役所内を歩く。セバスチャンはかなり偉い人っぽいし、なんとなく最上階にいるんじゃないかという勘に導かれて、五階に辿り着くものの部屋が多すぎる。
とりあえず、適当にドアから部屋を覗き見してみる。
「今日はお前に頼みがあってな」
部屋の中には髭を生やした小太りの偉そうなおっさんがいた。どこかで見たような……あぁ、あの人がゴルバグか。
俺はそっとドアを閉めようとしたが、その前に一人の少女が視界に入った。
「はい、なんでも言ってください!」
アイリだ。あの金髪ツインテは間違いない。喧嘩別れ的な感じでいたから、元気そうで安心したぜ。なんだかんだでゴルバグとも上手くやれていそうだし。
「市民からヤバヤバの森でドラゴンを見かけたという通報があってな。退治してきてはくれないだろうか?」
ヤバヤバの森!? 高ランクのヤバいモンスターばかりが棲みついている森じゃないか。あんな森に少女一人を行かせるなんて正気か? いや、ドラゴンを瞬殺できるアイリなら一人でも大丈夫なのか。
「わかりました! 今から行ってきます!」
明るい声で答えたアイリはすぐにドアの方へ歩いてくる。やべっ、覗き見がバレる。
「待て、アイリ」
ゴルバグが呼び止め、アイリは足を止めた。俺は「ふぅ」と安堵のため息。
「戦闘用のスキルは全て置いていけ」
「え……?」
困惑するアイリ。俺も思わず「えっ」と口に出してしまった。
「あ、あのお言葉ですが、戦闘用スキルがないとドラゴンを退治するのは……」
「なんだ、奴隷の分際で私に逆らうのか?」
「いえ、そういうわけではないですが……」
あのゴルバグとかいうおっさん、なに言ってるんだ。戦闘用スキルがなければ、アイリはただの少女だぞ。この世界の人間も基本スペックは現実世界の俺らとなんら変わらない。要するにスキルによる恩恵がなければ、ただの人だ。
「……ヤバヤバの森に生息しているモンスターは凶暴ですし、スキルを持っていかないと帰ってくるのが難しいかと……」
アイリはゴルバグの方を向いていて表情は見えない。しかし、明らかに動揺している声と彼女の頼りない後ろ姿から今どんな表情をしているのかは想像がつく。
「帰ってこれないのならそれまでだ」
ゴルバグは何の躊躇いもなく、そう言った。
「お前は言ったよな。私のためなら命を捧げられると」
「そ、それは……」
「なら問題ないな。今日、証明してみせろ」
無茶だ。普通の人間が帰ってこれるはずがない。
しかし、アイリは「はい」と短く返事して、複数のスキル玉をゴルバグに渡した。
「ふむ。もう戦闘用スキルはないようだな。これらのスキルは息子の誕生日プレゼントにしよう。では、行ってこい」
部屋から出てきたアイリは俯いており、トボトボと階段へ向かう。俺はアイリの腕を掴んで止めた。
「っ!? あなたは……」
「おいおい、まさか本当に行くつもりじゃないよな?」
「聞いていたの?」
俺が「ああ」と答えると、アイリは俺の手を振り解いた。
「行くに決まっているでしょ」
「なに言っているんだ! 無理に決まっているだろ!」
俺が大声を出すと、アイリは顔を上げた。涙をポロポロと流しながしていた。今にもくしゃくしゃになりそうな顔を見せながら、彼女は大声を出す。
「行くしかないじゃない! 私は奴隷なのよ!」
そう言って手で涙を拭い、走り出してしまった。服従の契約が発動しているのか、それともアイリ自身の覚悟なのかはわからなかったが説得しても無駄なことは理解できた。
俺はさっき覗いていた市長室のドアを蹴り開けた。
「むっ! 誰だ、貴様!」
「誰だじゃねーよ! 早くアイリを止めてこいよ!」
俺はゴルバグに詰め寄り、アイリに下した命令を取り下げるよう言う。
しかし、ゴルバグは俺の話を聞かず、パッチンと指を鳴らした。
「ゴルバグ様、どうなされましたか……む、お前はタナケン!」
突然現れたセバスチャンは俺を見て驚いた。いや、どこから出てきたんだよ。
「セバスチャン、こいつにアイリとの会話を聞かれてしまったようだ」
「なんですと!? あの『娘のように可愛がっていた奴隷が死ねば市民が同情して選挙票ウハウハになって市長の座を守れる〜この選挙には必勝法がある〜』大作戦を聞かれてしまったですと!?」
俺が気になっていたこと全部言ってくれるのかよ、この爺さん。
「ああ、そうだ。これが市民にバレたら4年前の『奴隷を助けて市民になんだかあの人良い奴っぽいし投票してみようかなという気持ちにさせる』大作戦のことまでバレてしまう恐れがある。そうなれば私の立場がまずくなる」
お前も全部話してくれるんかい!
「お前ら、アイリをずっと利用していたのか!」
「なにを言っている? 奴隷は利用するために存在しているのだ」
「くっ……! 外道め!」
俺は二人に挟まれた状況で、交互に睨みつける。
「セバスチャン、こいつを始末しろ」
「ハッ!」
セバスチャンは炎の玉を手の上に発生させて、俺に照準を向けようとしている。
「おいおい、俺はまだ時給3000ゴールドの給料を貰っていないんだぞ!」
「3000ゴールドだと? 研修期間は時給3ゴールドだ!」
「なんだと! アイリだけではなく、俺とクロ(※)まで騙していたのか!」
(※一度も出勤しないままクビになった)
「研修のことは募集ポスターの左下に小さく書いてあるわい! ちなみに研修期間は100年だ!」
セバスチャンが吠えると同時に炎の玉が飛んできた。
「うわっ! あぶねっ!」
俺は咄嗟に水ジャバジャバスキルで水を作り、炎の玉を相殺した。
そのまま風ビュービュースキルで机に置いてあった、なんだか重要そうな書類の束を撒き散らして、ゴルバグとセバスチャンを怯ませる。
「くっ! 待て!」
流石に金持ってそう(=スキル持ってそう)なセバスチャンとやり合うのは分が悪い。それより早くアイリを止めなければ取り返しのつかないことになる。
俺は窓を突き破り、奇跡的に上手く着地してアイリを追いかけた。
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その頃、クロは家で爆睡していた。
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