第13話 アイリはデレたい

「なんだったの……あの二人」


 アイリは自宅とも言えるゴルバグの館に帰宅し、大きな玄関ドアを開いた。


「アイリか」


「ご、ゴルバグ様!」


 玄関には髭の生えた小太りの中年男性が立っており、彼がゴルバグである。


「どうだ? 今日はなにか収穫があったか?」


「いえ、新しいスキルはなにも……あ、でもドラゴンを退治してきました!」


 アイリはパッと明るい表情になり、袋からドラゴンのドロップアイテム「鋭すぎる牙」をゴルバグに手渡した。


「ふむ、なかなかの代物だな。これからも精進するように」


 ゴルバグは牙を手に持ったまま振り返り、自室へ足を踏み出す。


「あ……」


 そんなゴルバグの後ろ姿を見て、アイリの脳内ではあの言葉が出てくる。


『でも言わなきゃ相手に伝わないよ』


 アイリは手をぎゅっと強く握りしめて、声を出した。


「あ、あのっ!」


「ん? どうした? まだなにかあるのか」


「え……あ、最近モンスターの生息分布が変わっていまして……そのお話がしたくて……その……」


「なんだ、ハッキリ言わんか」


 アイリは冷や汗をかきながらも、勇気を振り絞る。


「今度、一緒に夕飯を食べていただけませんか?」


 そう言い切ったアイリの視線は地面にあった。とてもじゃないがゴルバグの表情を見れるだけの余裕はなかった。心臓の鼓動は早まり、自分で自分のした行動が理解できなくなっている。


「……考えておく」


 ゴルバグはそう言い残して、自室へ入っていった。


 バタン。


 六畳ほどの自室に戻ったアイリはベッドにダイブした。


 しばらくうつ伏せのままジッとしていたが、急に手足をジタバタさせる。


(なにやっているの! 私!)


 アイリは激しく後悔していた。あのクロという奴隷らしくない奴隷に唆されてしまった自分に幻滅もしていた。様々な感情が交差して、収拾がつかない状況に陥ったアイリは手足をジタバタ動かしながら一つ一つ処理していく。


 そして、最終的に残ったのはクロへの嫉妬心だけになった。


 ドラゴンに手も足もでなかった奴隷が、あんなに甘やかされていることに納得がいかなかったのだ。これまで積み重ねてきた努力だけを信じていたアイリにとっては生き方を否定されたようなものである。だから、クロに対する嫉妬心を消す術を彼女は知らない。


 結局、そんな醜い自分に嫌気をさして精神的に疲れたアイリはそのまま眠ってしまった。


 コンコン……。


 それから数時間後、アイリはドアを叩く音に起こされた。寝るつもりではなかったアイリは慌ててベッドから起き出して、ドアへ向かう。彼女はゴルバグに仕える執事「セバスチャン」が雑用を押し付けにきたのだろうと思いながらドアを開けた。


「ふへ?」


 アイリは情けない声を出した。


 ドアを開けた先にはゴルバグが立っていたからだ。


「み、みっともない姿をお見せして申し訳ありません!」


 アイリは慌てながら手で髪を整えながら、「何をお申し付けでしょうか?」と訊いた。


「夕飯を食べに行くのだろう?」


 ゴルバグの言葉を聞いたアイリは目を大きく開いて驚く。


「え……」


「いろいろと話があるんだろ。早く支度しろ」


 アイリはようやくゴルバグが普段外に着ていくコートを羽織っていることに気づいた。


「は、はい……!」


 笑顔で返事をしたアイリはすぐに自室に戻り、支度を始めた。普段着ているモンスター討伐用の軽装備から、報酬金を貯めて買ったゆるふわな洋服に着替え、何度も鏡でチェックする。とてもドラゴンを倒した少女とは思えないほどの変貌である。


 玄関でゴルバグと合流したアイリは、執事のセバスチャンが運転する車に乗り込んだ。セバスチャンは80を超えたおじいさんだが、まだまだ現役のゴルバグ執事衆のエースである。


「セバスチャン、お前はついてこなくていい。私とアイリだけで行く」


 この街で最も有名な高級レストランに辿り着いたゴルバグは車から降りて、そう言った。セバスチャンは自分だけ仲間はずれにされてしまい、「しょぼーん……」と落ち込んでしまったが、アイリはゴルバグとの初めての食事で胸を躍らせていた。


 薄暗い店内には高そうなシャンデリアが吊るされており、一目で庶民お断りな雰囲気が出ている。店内にいる客もスーツを着ている人がほとんどで、アイリの服装は子供っぽい服は目立っていた。アイリとゴルバグが座った席には店中の視線が集まっていた。


 とはいえ、他の客は服装のことなど気にもせず、「市長のゴルバグが来ていること」と「奴隷であるアイリを連れてきていること」に驚いている様子ではあった。


「これはこれはゴルバグさんではありませんか」


 メニュー表を持ってきたウェイターはにこやかな顔でゴルバグに話しかけた。


「今日は息子さんは来ていないのですね」


「アイツは用事があってな」


「それで代わりに彼女が……」


 ウェイターは一瞬だけアイリを見て、すぐにゴルバグへ視線を戻した。その一瞬でアイリとウェイターは視線を合わせたのだが、アイリは彼の視線から冷たさを感じて体を縮こめる。


 冷たい視線。それはアイリが何度も体験してきた視線だ。奴隷に対して快く思わない人間も多い。奴隷を従えるのは金を持っている貴族などに限られている。庶民には関係のない話だ。この世界では孤児は奴隷になるか、盗賊や魔王の手先になるしか道はなく、後者に巻き込まれる形で奴隷も世間的には悪い印象を抱かれている。ゴルバグの孤児問題に対する選挙公約は受け入れられているのは、あくまで秩序を守るためであって奴隷に対する偏見はまた別問題としてあるのだ。


 アイリとゴルバグからオーダーを取ったウェイターはその場から離れる。


「ゴルバグ様……すみません」


「なにがだ?」


 アイリは膝に手を乗せて俯きながら謝った。先ほどウェイトレスが口にした「それで代わりに彼女が……」の代わりが頭の中から消えないのだ。


「もう少しで選挙ですし……私みたいな奴隷と食事をしていたら評判が……」


 アイリが視線を感じているのは気のせいではない。実際に周りの客達はジロジロと二人を見ているのだ。


「気にするな。周りがどう見ていようと、私はお前のことを娘だと思っているのだから」


「え……」


 アイリは信じられなかった。夢でも見ているのかと思うほど、唐突に彼女の願いはあっさり叶ったのだから。


「お前はよく頑張ってくれている。私が選挙に集中できるように周辺のモンスターを討伐してくれているのだろう」


「は、はい! 少しでもゴルバグ様のお役に立てるかと思って……」


「この街の住民が今こうして平和に暮らせているのもアイリのおかげだ。だから、お前は堂々としていればいいのだ」


 ゴルバグの言葉を聞いたアイリは目頭を熱くさせながら「はい!」と答えた。


「もっと……もっとゴルバグ様のお役に立てるよう頑張ります!」


「うむ。お前には期待しているからな。今後も私を助けてくれ」


 アイリは心の底から嬉しかった。孤児であった彼女は生まれて初めて誰かに必要とされたのだ。自分の命を捧げる決意が強固になった彼女は、もはや怖いものなしである。


 それから注文していた食事がテーブルに運ばれ、アイリとゴルバグは数回程度の会話を交わしながら食事を堪能した。


 1時間弱というわずかな時間ではあったが、アイリはゴルバグとここまで会話したことは一度もなく、常に笑顔を絶やさなかった。


「ゴルバグ様、本当にありがとうございました。その……夢のような時間でした」


 館に戻ったアイリは照れながら、ゴルバグにお礼を言った。


「私もお前と会話できてよかったぞ」


 ゴルバグに頭を撫でられたアイリは頬を赤くさせ、顔が緩んでしまう。


「おやすみなさいませ」


 自室に戻ったアイリは部屋のドアにもたれかかって、今日あったことを思い出して微笑むのであった。



 ********************************


「パパ! 奴隷と食事なんてどういうことだよ!」


 翌日、ゴルバグの息子であるゴルバグジュニア(そのままかよ)は父親の部屋で大声を出していた。


「もうすぐ選挙だろ!? こんな時期に奴隷と食事なんてなに考えているのさ!」


「案ずるな、我が息子よ。これも選挙で勝つためだ」


「選挙で勝つため……パパ、どういうことさ?」


「もうじきわかる。ただ、今言えることは……」


 ゴルバグは髭を撫でながら、ほくそ笑む。


「私はあの奴隷の最後の要望に答えてやっただけだ」



 ********************************


 その頃、タナケンとクロは履歴書を書いていた。

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