第10話 タナケン、死す(死なない)

『グオオオオォォォ!!!!!!』


 ドラゴンがこちらへ向かってくるのと同時に、俺は放心状態のクロを抱えて猛ダッシュで逃げる。図体のでかいドラゴン相手では歩幅が違いすぎる。瞬時に走るルートを見極めて、木が障害物となるように工夫して逃げるしかない。


 しかし、後ろから迫り来る足音は変わらずだし、バキバキとなんか凄い音がしている。


 チラッと後ろを見てみると、木をバッタンバッタン倒しながら突進してくるドラゴンの姿。どんどん距離は縮んでいき、あと十数秒で追いつかれそうだ。


 うふふ、今日が命日かもしれない。


 いや、なにわろとんねん(セルフノリツッコミ)。


「クロ! 風ビュービューだ! 木にぶつけて葉っぱを落とすんだ!」


「ひゃあ〜!」


 クロは謎の悲鳴をあげながら風を飛ばす。パラパラと落ちしてくる葉っぱがドラゴンの目に入り、足が止まった。今のうちだ!


 俺はクロを抱えたまま茂みに飛び込んだ。


 ドラゴンが叫びながら葉っぱを振り落としているうちに姿勢を立て直して、身を隠しながら様子を観察する。さっさと逃げたかったが、走りすぎてもう足が限界だ。次見つかれば、逃げ切るのは不可能だし、そもそもクロ抱えながら逃げるなんて無理寄りの無理だ。あのドラゴンが聴覚に優れていて、足音を感知できるタイプだとしたら自殺行為になる。


 今は少なくとも身を隠すことには成功している。一度、モンスター図鑑で調べてから逃げる手段を考えよう。


 俺は鞄からモンスター図鑑を取り出して、ドラゴンっぽい生き物の項目をペラペラと捲る。モンスター図鑑には写真やイラストが載っているから、あのドラゴンっぽい見た目の奴を探すだけでいい。


 いた、こいつだ!


 モンスター名:人類皆殺しドラゴン(Bランクモンスター)

 説明文:視界に入った人間を殺す殺意マシマシなドラゴン。硬い皮膚に覆われており、生半可な攻撃では擦り傷すらつけられない。主な攻撃方法は噛みつきであり、人間の手足を噛み切ってから胴体を少しずつ咀嚼し、最後に頭を食べる習性がある。たまに尻尾で叩いて気絶させてから食べることもある。


 こえぇよ! なんでそんなに人間のこと恨んでいるんだよ!


 しかもBランクモンスターだし、最終手段として考えていた倒す選択肢は不可能だ。逃げるか、このままドラゴンがどこかへ行くのを待つかの二択しかない。


 でも、人間の居場所を感知するような能力はなさそうだ。基本的に感知能力があるモンスターには注意書きがされている。このモンスター図鑑の作者が「書くの忘れてたや、ごめん。てへぺろ」みたいなことをやらかしていなければ感知能力はない。


 ドラゴンは完全に俺達を見失ってキョロキョロしたいる。その姿はさっきまでの威勢と比べたらマヌケに見える。そう、フードコートで彼女を見失った彼氏みたいな感じだ。


 下手に茂みから出て気づかれるよりはこのままドラゴンがどこかに行くのを待とう。このままなんとかなりそうだ。


 ぐううううう!!


 なんの音だ? 俺の近くで凄い音が鳴っているが。


 ぐううううう!!


 俺は音が鳴っている方を見ると、そこには口を塞いでいるクロがいた。


 ぐううううう!!


 手で口を塞いでいるクロの顔はどんどん赤くなったいく。


 あーこの音、アレだわ。クロのお腹の音だ。


「おい、静かにしろよ(小声)」


「仕方ないでしょ、お腹空いているんだから(小声)」


 ぐうううう!!


『グオ?』


 腹の音に気づいたのか、ドラゴンはこちらを向いた。


 ドシドシと足音を立てながら向かってくる。まだ見つかったわけではないが、まずい状況であることは間違いない。逃げるか、このままジッとするか。


 と悩んでいるうちにドラゴンは俺達が隠れている茂みまで残り数メートルのところまで来ていた。優柔不断なワイ氏、もうダメかもしれないンゴ。


 しかし――


『グオオ……』


 ドラゴンは諦めたのか大きく欠伸をしてから、その場で巨体を丸めて寝息を立て始めた。


 俺とクロは顔を見合わせて、互いにホッとした表情を見せ合った。た、助かった……。あとは足音を立てずにこの場から立ち去るだけだ。


「ピギィー! ピギィー!」


「なっ……!?」


 俺達の後ろから聞き慣れた鳴き声が聞こえてくる。


 後ろを振り向くと、そこには中指を立てたガントバシウサギが左右にステップしていた。


「ピギィー!」


「お前、静かにしろ!!!!!……あっ」


 ドラゴンの寝息が聞こえない。それになんか後ろから『グルル……』って聞こえる気がする。そんでもって横にいたクロが口から泡を吹いて倒れている。


 俺はさっきまで向いていた方に振り返ると、そこにはお腹を空かせたドラゴンさんがいました(※)。


(※人は極限状態に陥ると、壊れてしまうのじゃよ)


 再びクロを抱えて逃げる俺。ガントバシウサギもようやくドラゴンの存在に気づいたのか「ピギィ! ピギィ!」と鳴きながら逃げ始めた。


 ヨタヨタと逃げるガントバシウサギをあっという間に追い抜かして、そのまま全速力で逃げる。後ろをチラッと見ると、ドラゴンの口からガントバシウサギの耳がはみ出ているのが見えた。あの雑魚モンスター、時間稼ぎにもならねぇ。つーか、こうなったのもアイツのせいだし。


「クロ、起きろ! 風ビュービューで少しでもドラゴンに抵抗してくれ!」


「あばばばばばば!!!!!!」


 ダメだ、完全にクロの脳内コンピューターはエラーを起こしてやがる!


 ここまでなのか? こんなところで俺の第二の人生は終わるのか。


 走馬灯のように流れる。楽しかった日々の思い出が――。


 そう、あれはまだ俺が小学生だった頃だ。


 ********************************


「けんたー! 冷蔵庫にプリンあるわよ!」


「やったー!」


 ********************************


 いや、楽しかった思い出ショボいな!


 おいおい、マジか! こんな薄っぺらい人生で終わるのか……!


 とか考えつつ、後ろを見たときには既にドラゴンは捕食体制で大きな口を開けていて、俺は身構えながら目をぎゅっと閉じた。


 ん?


 アレ、生きている?


 目をゆっくり開けると、ドラゴンは後ろにのけぞっていた。


 そして、俺の前には一人の少女の後ろ姿があった。


 金髪のツインテールがひらひらとこちらになびいており、ドラゴンから俺達を守るように剣を構えて立っている。


「危なかったね、あなた達」


 俺に話しかけながら振り向いた少女の顔はまだ幼い。クロと同じぐらいだろうか。冒険者にしては軽装備……というか肩を出しているし、すげぇカジュアルな服装だ。


『グオオオオ!!!!!!』


 のけぞっていたドラゴンは体勢を立て直し、少女に向けて吠える。


「おい、まずいぞ! 早く逃げるぞ!」


「逃げる? なんで?」


「まさか戦うのか? 無理だ、そんな軽装備じゃ。せめて鎧とか装備して……」


 と言っている途中にドラゴンは体ごと動かして尻尾を大きく振った。丸太のような尻尾が恐ろしい速度で少女に襲いかかる。あ、これグロイことになりそう、18禁的な感じの。


――ならなかった。


 少女の細い腕はドラゴンの尻尾をピタッと受け止めていた。


 あの、なんだろう。運動エネルギー的なものを無視するのやめてもらっていいですか。


 いや、違う。アレはおそらくスキルで肉体を強化している。それもかなり高レベルの強化系スキルだ。つまり、売ればめちゃくちゃ高値になりそう(どんなときでも資産家思考な奴)。


『グオ?』


 あらら、ドラゴンさんもビックリしているよ。


「はい、これでおしまい」


 少女が降った剣の一振りは衝撃波を生み、ドラゴンを忽ちに切り刻んだ。


 顎が外れたようにポカーンとしている俺。


 未だに口から泡を吹いて気絶しているクロ。


 そんな俺達に対して、少女はドラゴンの残骸をバックにクルっと振り返る。長いツインテールは彼女の動きに合わせて宙を舞ってからふわりと落ちた。それと同時にドラゴンが「ボン!」と大きな煙になった。


「鎧って貧乏人が買うものでしょ?」


 ドラゴンを瞬殺した少女は、無邪気な笑みを見せた。

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