第9話 クロVSガントバシウサギ
「ピギィ! ピギィー!」
「クロ! いたぞ! 追うんだ!」
貴族の領地である森に入った俺とクロは早速モンスター討伐を開始する。
今追いかけているのはガントバシウサギだ。奴はウサギのくせにマスコットキャラクターみたいな二頭身ボディ&二足歩行だから歩幅が狭く、めちゃくちゃ逃げるのが遅い。あと1分ぐらい追いかけずに眺めていてもガントバシウサギの後ろ姿が視界から消えることはないだろう。誰でも簡単に追いつける雑魚モンスターだ。
しかし、それを追いかけているクロはさらに遅い。
フラフラな足取りでガントバシウサギを追いかけているが、その差は広がる一方だ。これが異世界のウサギとカメである。
「もうダメっ……!」
あ、倒れた。
「しっかりしろ! まだ一匹も討伐していないぞ!」
「お腹すいた。お家帰る」
地面に伏したまま手足をバタバタさせて駄々を捏ね始めるクロ。いや、それだけ元気あるならガントバシウサギを追いかけろよ。あと服汚れちゃう。
「いいか、お金を稼がないと食べ物を買うことはできないんだ。せめて今日の食費は稼いでくれ」
クロは「むむぅ」と不満げな表情で起き上がる。
「ピギィー! ピギィー!」
その様子を見ていたガントバシウサギは中指を立てながら左右にステップして挑発している。たった十数メートルしか離れていないのに逃げ切ったつもりでいる。雑魚モンスターのくせになんて度胸だ。
「ねぇ、なんなの、あのウサギ」
「アレがガントバシウサギの習性だ。ああやって俺達を煽るためだけに生きているんだ(諸説あり)」
「私がご飯食べられないのがそんなに面白いわけ!?」
それは違うと思います。
「もう頭にきた!」
クロは立ち上がり、追いかける。どうやら覚醒したようだ。さっきより早い。幼稚園の運動会なら無双できるぐらい早い。でも小学校の運動会では厳しいだろうな、相手が強すぎる。
「ピギィ!?」
ガントバシウサギは慌てて逃げ出す。しかし、長い黒髪をなびかせるクロの方が圧倒的に早く、一気に差は縮まる。あと少しで手が届く距離まで追いつき、クロの完全なる勝利と思われた。
しかし、クロは盛大に転んでしまった。
俺は慌ててクロを起こしにいくと、その下にはぺったんこになったガントバシウサギがいた。
下敷きになっていたガントバシウサギは目つきの悪い目からバッテンになっており、そのまま「ボン!」と煙になって消滅した。この世界ではモンスターのライフがゼロになると煙になって消えるのである。
煙が収まると、ドロップアイテムである「ガントバシウサギの中指」が落ちていた。
「ほら、それ拾って」
「えー! 気持ち悪い!」
「それがないと討伐した証拠にならないんだ。我慢しろ」
クロは「うへぇ〜」と情けない声を出しながらガントバシウサギだった物を持ち、袋に投げ入れた。
「これで今日は終わり?」
「まだ一頭しか狩っていないだろ。卵も買えねーよ」
「えー」
「えーじゃないの。ほら、あそこに二重瞼コウモリが飛んでいるだろ」
二重瞼コウモリ。その名の通り、二重瞼が特徴のコウモリだ。真っ黒の体でパタパタと羽を動かして飛んでいる。青空の中、飛んでいるからめっちゃ目立っている。すぐに天敵に見つかってしまいそうだ。
現実世界のコウモリは超音波を発して、その反響音を聞き取り、周りの状況を把握する。その代わり視力が退化しているのだが、二重瞼コウモリは真逆である。聴覚が悪い分、視覚が優れており、二重瞼による目力も強い。その目力によって二重瞼に憧れている人達に嫉妬心を抱かせる凶悪なモンスターである。
「飛んでいたら倒せないよ」
「そんなことはない。まぁ、見てろって」
二重瞼コウモリは昼行性で、花の蜜が主食だ。気づかれないように追いかけていると、花を見つけたのか高度が下がっていく。
俺はそこを狙って風ビュービューのスキルで発生させた風を二重瞼コウモリにぶつけた。バランスを崩した二重瞼コウモリはそのまま木に頭を打って、「ボン!」と煙になる。
「ほら、ドロップアイテムの『二重瞼コウモリのつけまつ毛』だ」
「ズルい! タナケンだけスキル使うなんてズルい!」
クロは不満げにぷくっと頬を膨らませる。完全にお子様だ。
「んじゃ、貸してやるから使ってみろよ」
風ビュービュースキルを貸すと、クロはやる気が出てきたのか二重瞼コウモリを探し出した。
「コウモリ出てこーい!」
「あまり大きな声を出すな。モンスターが逃げてしまうだろ」
まるで自由研究でカブトムシを捕まえようとする子供の父親になった気分だ。
「あ、いた!」
クロが指差した先には二重瞼コウモリがいた。
しかし、普段見る二重瞼コウモリとは少し違う。まさか……いや、そうだ。あのコスプレイヤーみたいな青い目の色は間違いない……!
アレは――二重瞼コウモリ(カラコン種)だ!
二重瞼コウモリ(カラコン種)は二重瞼コウモリの亜種である。ブルー系のカラコンを入れたような目をしているのが特徴で、倒すと超レアアイテムである「使用済みカラーコンタクトレンズ」を落とす。
そう、モンスターには亜種が存在する。しかし、その個体数はかなり少なく、めちゃくちゃ希少である。なにより通常種とはドロップアイテムが異なり、亜種限定のドロップアイテムは高値で売れるのだ。
こんなチャンスを逃すわけにはいかない!
「一旦スキル返せ。アレは俺が仕留める」
「イヤ! アレは私の獲物だもん!」
「急に狩人に目覚めるな! とにかく返せ!」
「やっ! クロが倒すのー」
俺とクロは見苦しい言い合いになり、その間に二重瞼コウモリ(カラコン種)は少しずつ離れていってしまう。
「もういい! クロ、お前が倒せ!」
「がってん承知の助!(?)」
クロが作った風は二重瞼コウモリ(カラコン種)に直撃し、バランスを崩させることに成功する。
「よく当てた! ……ってどこ飛ばしているねん!」
飛ばされた二重瞼コウモリ(カラコン種)は吹っ飛ばされながら、俺達から離れていく。その先に木はなく、むしろ逃がしているような状況だ。
俺はすぐに追いかけた。後ろからクロの「待ってよー」という声が聞こえたが、聞かなかったことにした(外道)。
「キィ〜!」
良かった。風が弱まって追いつけた。高度も下がっているし、このまま持ってきた棍棒でワンパンよ!
と勝利を確信したときだった。
二重瞼コウモリ(カラコン種)が一瞬にして消えた。
いや、木の影から突如現れた大きな口に食べられたのだ。
俺は急ブレーキをかけるように足を止め、目の前の光景を理解することに努めた。
追いかけることに夢中で視野が狭まっていたが、大きな口が隠れていた木と、その横の木の間からモンスターの巨体が見えている。ゴツゴツとした体型は赤黒い色の皮膚で、一部見ただけでもトカゲのような肌質に思えた。
視線を大きな口に戻すと、ギロリと大きな血眼と目が合った。
間違いない――ドラゴンだ。
体長は5、6、7……8メートルはありそうだ。翼はなさそうだが、とにかく牙が鋭くてヤバそうだし、もし歯がなかったとしても噛まれたら真っ二つになりそうなぐらい咀嚼筋がマッチョそうだ。
後ろから「ボフッ!」とクロがタックルを決めてくるが、それどころではない。今の俺は木だ。俺は森の一部。森の精霊。ドラゴンさんが食べたくなるような存在ではない。
「ねぇー、急に立ち止まらないでよー」
木と同化している(つもりの)俺の後ろからクロの声が聞こえる。俺はすぐに振り返って、クロの口を塞いだ。
「むぐぐ! むー!」
なにか喋ろうとしているが、俺は必死にシーッと人差し指を立ててジェスチャーする。
「ぶはっ! 急になにするの!」
「だから喋るなって! というか追いつくの早いな!」
「スキルで追い風作ったの! 私、天才でしょー」
「なるほど、それは天才だ!」
俺は手を叩いて、そんな使い道もあったのかと感心する。
とかやっている場合ではない!
「それでどうしたの?」
クロは体を傾けて俺の体で隠れていた、要するにドラゴンがいるであろう方向を見た。そして、そのまま固まるクロ。
あ、この反応はさっきと状況が変わっていないやつですね。
俺はおそるおそる後ろを振り返る。
そこには俺達をガン見するドラゴンがいた。つーか、いつの間にか正面を向いてやがる。
ポタポタと涎を垂らすドラゴンは大きく口を開く。
『グオオオオォォォ!!!!』
オペラ歌手顔負けの咆哮をするドラゴンの涎が、俺の顔に飛んでくる。汚ねぇ。
俺は心の中で確信した。
おいおい、死んだわ。俺。
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