第7話 おかんは大変だよ
「貴方は死にました」
気づいたときには、真っ白な空間にいた。どこまで続いているのか、それとも壁があるのかわからないほど白くて、なにもない世界。
目の前にいる銀髪の女性は異様に美しくて、どこか人間離れしているような気もする。俺は彼女が不気味に微笑んでいるのが少し怖く感じた。
「これから貴方には別の世界に行ってもらいます」
「別の世界? どういうことですか? というかどこなの、ここ」
「そこで貴方は世界を支配している本物の魔王を倒してください」
「えっ!? 無視!?」
「無論、今の貴方では到底勝てないでしょう。なので、この五大スキルを授けましょう」
「この人、勝手に一人で話を進めていくよ……」
勇往邁進な銀髪の女性と、困惑しまくる俺……だったが、思い出した。
この光景は前に見たことがある。俺が異世界転移する直前の光景だ。
だから、この先のやり取りも覚えている。
「貴方はその五大スキルを駆使して、勇者になるのです。そして、魔王を……」
――倒してください。
って言うんだろ? そうはさせるか。
「お断りだ! 俺は勇者になんてならねー! スキル資産家になって不労所得で暮らすんだい!」
俺は中指を立てて、「誰が勇者なんてやるか!」と言い放つ。
ま、どうせ夢なんだし、好き放題言ってもいいでしょ。
と侮っていた次の瞬間、俺の胸に穴が空いた。
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「うぐぅ!!!!!!!!!!」
目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。
床で寝ていた俺の上にはスヤスヤと寝ているクロが乗っかっていた。どうやらベッドで寝ていたクロが寝ぼけて落ちてきたのだろう。落ちてきた衝撃で、腹がめちゃくちゃ痛い。
クロが来てから一ヶ月が経った。この短期間でクロは欲望のままに暴食し、俺の持っていた貯金1億5000万ゴールドは跡形もなく消し飛んだ。なんでやねん。
「起きろ、お〜い!」
クロのほっぺを優しく叩くと、「むにゃむにゃ」と言いながら目を覚ました。そして、そのまま俺の手を齧った。いてぇ! ご飯じゃねーよ!
スキル資産家の朝は早い。
1、寝ぼけているクロを起こして、台所へ連れていく。現実世界と違って水道は通っていない。けれど、洗面器は存在する。
2、その洗面器前にクロを立たせて、前屈みにさせる。
3、水ジャバジャバのスキルで発生させた水を思いっきりクロの顔にかける。ジャバジャバと数回繰り返して、今度は自分の顔を洗う。
4、まだ「うぅ……」と寝ぼけているクロを引きずり、丸いちゃぶ台の前に座らせる。
5、朝食であるパンをクロに持たせると、ようやく目を開けた。まだ半分だけ夢の中にいるような表情をしているが、ムシャムシャと少しずつパンを食べ始めた。もうちょっと高いご馳走だったらパッと目が覚めるのに。
6、パンを食べ終えたクロを再び台所まで連れていき、歯磨きをさせる。歯ブラシを持たせても手を動かさないから、口を開けさせて代わりに俺が歯を磨く。
7、俺が自分の歯を磨いている間にクロは壁にぶつかりながらベッドに行き、二度寝。
8、外に出かける支度を済ませて準備を一通り、終わらせた。
「じゃ、行ってくるから」
ベッドの上でうつ伏せになっているクロは俺を見ることなく、手だけ振る。今日は午前から営業、午後からは日雇いの仕事だ。張り切って行くぞ!
『新しいスキルを習得しました!』
ムッ! 新しいスキルだ。どれどれ……。
『おかんスキル(レベル1)』
説明:家事育児の熟練度が上がるスキル。なんでもやってくれるお母さんのような存在になれるが、ヒモ男を寄せ付けるデメリットがある。また、親がなんでもしてくれることで、一人で生活できない子供が増えていると指摘する声も多い。本当に子供のためを思うのなら、なんでもやらずに自分でやらせることも大事なのだ。
「説明文はなんかアレだけど、主婦とかには需要がありそうなスキルだな!」
朝からラッキーだぜ! と思いながら、俺は街へ繰り出した。
そして、すぐに引き返して自宅へ戻り、玄関ドアを思いっきり開けた。
「ラッキーじゃねーよ! お前も来るんだよ!!!!!!!!!!」
ベッドの上にある布団を剥ぐと、クロが悲鳴をあげた。
「イヤ! 今日はおうちで寝ているの!」
「お前ッ! 昨日も一昨日も同じこと言って引きこもっていただろ!」
「クロは明日から頑張るの!」
なんて力だ。俺がどれだけ引っ張ろうと布団を離さない。彼女のぐうたら生活への執念がここまでだったとは……! しかし、俺も負けるわけにはいかない!
「うぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
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「もう歩くのやだー! 疲れたー!」
「まだ家を出て十分も経ってねぇよ……」
俺は駄々をこねるクロを引っ張りながら街を歩く。
よし、今日手に入れたスキルを営業で使ってみるか。
「そこのマダム!」
「なんざます?」
ふくよかなマダムに話しかけた俺は営業トークに入る。
「この『おかんスキル(レベル1)』欲しくないですか!?」
「いらねぇでざます」
「そう言わずに! このスキルは凄いんですよ! 朝、子供を起こすスピードが2倍になる優れものなんです!(適当なこと言っている)」
「うちの子は自分で起きれるざます! それに目覚まし時計で十分ざます!」
くっ、なかなか手強いマダムだ。仕方ない、戦術を変えるか。
「じゃあ、この『いくら食べても太らないスキル(レベル4)』はどうです!?」
パチン!! あひん!!
「死ねざます!!!!!!!!」
マダムに思いっきりビンタされた俺は地面に倒れ込んだ。
「ふわぁ……そりゃそうなるよ」
あくびをしながらクロが言う。
「というか今、私のスキルを売ろうとしたよね?」
「いらないだろ、あのスキル」
「いるの! 私のお気に入りスキルなんだから!」
地団駄を踏むクロ。ばさばさと長い黒髪が上下になびく。
「わかったよ……でも金はもうないんだ。食費ぐらいは自分で稼いでくれよ」
俺はゆっくり体を起こしてズボンを叩き、営業を再開する。
しかし――
「おかんのスキル? いらないよ!」
「風ビュービューなんていらないよ。うちにはAIを搭載した最新式のエアコンがあるんだ」
「料理テクニック向上スキル? なにが作れるの? カップ麺だけ? いらないよ」
「貧乏ゆすりのスキル? 血行が良くなる? 普通に貧乏ゆすりすればよくね?」
いらない、いらないよ、いらないざます、いらねぇ。
「何故だ……どうして誰も買わない……どうして誰も借りない……」
本日の営業は全滅。俺は絶望して道のど真ん中で跪く。
「ねぇ、お腹すいたー」
ずっと後ろをついてきたクロも疲れ果てた……というより腹減っている様子。お前はいいな、気楽で。
「もう十二時半か……仕方ない、いつものスタミナ丼を食べに行くか」
「やったー!」
俺達は街で有名なスタミナ丼の店『伝説の肉丼』へ向かった。クロが仲間になる前から通っていた店で、ニンニクの効いた濃ゆい味付けがたまらないのだ。ご飯の量も多く、コスパも良い。さらに大盛りチャレンジがあり、時間内に完食すればお代はタダ! つまりクロの食費を浮かせることができるのだ!
「出禁だよ」
「「は?」」
伝説の肉丼の店長が発した言葉に、俺とクロは同時に首を傾げた。
「だから、アンタらは出禁だって」
「ど、どうしてですか!?」
「私達がなにをしたって言うの!?」
俺達が抗議すると、店長は鬼のような形相になった。
「どうしてじゃねぇよ! お前ら毎日二回来て大盛りチャレンジでタダ飯食っているだろ!」
「うっ……いや、でも店のルールを破ったわけじゃないですし……」
「なにがルールだ! そこの娘は来るたびに大盛りチャレンジ80回も挑戦しているじゃねーか! それが一日二回だぞ! ふざけんな!」
ブチギレた店長は俺にフライパンを投げつけて、そのままドアをバタンと閉めてしまった。
顔にブッ刺さったフライパンを引っこ抜いた俺は呟くように言った。
「今日は……昼飯抜きだ」
その発言にクロは大きな悲鳴をあげる。
「いやぁあああああああああ!!!!!!!!」
そして、俺達は泣きながら午後の日雇い仕事であるモンスター討伐へ出かけるのであった……めでたしめでたし。
いや、なんもめでたくねぇよ。腹減ったよ。
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