第6話 君の名は?

 ここはとあるイタリアン風ファミレス(※)『サイゼリヤン』。


(※この世界にはファミレスが存在します。名前は某店舗に似ていますが、全然違います。間違い探しもありません)


「あのさ」


 俺は対面の椅子に座る少女に話しかける。


「君、よく食べるね」


「お腹空いていたんだもん」


 俺が3000ゴールドで買った少女は頬張りながら言った。


 既にハンバーグステーキ18枚、ミ◯ノ風ドリア22皿、マルゲリータ98枚を完食し、ドリンクバーも在庫切れにして俺のポケットマネーどころか店すらも窮地へと追い込んでいた。


 にしても、あんな細身なのによく食べるな。食べた物はどこに消えてしまうのだろうか。某四次元ポケット的な感じなのか。


「あー食べた食べた。幸せ」


 少女は本当に幸せそうな表情だ。いや、あれだけ食べたのだから喜んでくれないと泣く。つーか既にめっちゃ食費が嵩んで泣いとる。おいおい、ミ◯ノ風ドリアだけで6000ゴールドを超えているじゃねーか。本人の倍になっちまったよ。


「今更だけど、君の名前はなんていうのかな」


 俺は少女に名前を尋ねたが、少女から返事はない。


 つーか、寝ている! 涎を垂らしながら寝ている!


「おい、起きろ! ドカ食い気絶してんじゃねぇ!」


 少女の頬を軽く叩くと、寝ぼけた声で「ご飯の時間?」と訊かれた。いい加減にしろ。


「君の名前はなんて言うんだ」


「私? 名前なんてないよ」


「え……」


「奴隷だもん。名前なんて必要ないし、いらない」


 あんだけ「助けて」とか言っていたのにツンとした言い方されてしまう。あらら、どうしちゃったのかナ? タナケン泣いちゃうゾ……ナンチャッテ!(おじさん構文感)


「いや、名前がないと俺が困るし……じゃあ、名前考えようか」


「えーめんどくさい」


 自分の名前を考えようってときに「めんどくさい」って言う人いるんだ。


「名前なんていらないよ。好きに呼んでいいから。1000ゴールドちゃんとか」


 うわ、根に持ってやがる(自業自得)。


「仕方ない、俺がつけてやる。そうだな、暴食だからグラトニーなんてどうだ」


「やだ! ダサい! もっと美味しそうなのがいい!」


 ぶーぶー文句を言い始める少女。酷い言われようだ。好きに呼んでよかったんじゃないのか。あと美味しそうな名前ってなんだよ。


「それじゃ、黒髪だからクロでいいな。呼びやすいし」


「えー、適当すぎ。センスない。ありえない」


 あらら、反抗期かナ? タナケン困っちゃうゾ!(おじさん構文再び)


「なら面倒くさいとか言わずに好きな名前を提案してくれよ」


 俺がそう言うと、少女は眉間に皺を寄せて悩み始める。


「デミグラスハンバーグ?」


「それ、好きな名前じゃなくて好きな食べ物だろ」


 この子、いろいろとダメかもしれない……と今更ながら思う。


「とにかくだ。名前がないと困るから、決まるまではクロって呼ぶからな」


「ぶーぶー」


 口を尖らせながら手を上下に振って不満感を全身で伝えるクロ。


「文句言わないの」


 それを叱るおかんみたいな俺。


「ちなみに俺の名前はタナケンな。遅くなったけど、これからよろしく」


「ふふっ、変な名前」


 なにわろとんねん。


「それでクロはどうして奴隷になっていたんだ? 話したくなければ話さなくてもいいが、今のままだと知らないことが多すぎてな」


「親に捨てられたんだよ」


 俺の問いかけにあっさり答えるクロは、特に気にしていない様子だ。でも、俺は超気にしちゃう。


「捨てられたのか……それは悪いことを聞いてしまったな」


「うん、毎月食費だけで90万ゴールドかかっていたから怒られて」


「自業自得じゃねーか」


 思わずツッコミを入れる。かなりヤバい子を買ってしまった気がする。


「でも奴隷になったのは辛かっただろ?」


「ううん、奴隷になったら売り物になるわけだし、沢山食べさせてもらえるかなって楽しみにしていたの」


「そうはならんやろ」


 同情した俺が馬鹿でした。


「けど、サングラスの人もお金ないーって言い出して食事がどんどん減っていたんだよね」


「で、今日に至ると?」


「そういうこと。レベル5スキルを買おうとしていたならお金あるんでしょ? この人なら食べさせてくれると思って『助けて〜』って演技したの」


「そんな寄生虫みたいな理由だったのか……」


 俺は呆れて頭を抱えてしまう。いや、本当に困っていると思ったのも仲間にした理由だったんだよ? それがコレだよ、これから食費どうすんだよ。


 まぁ、クロの外見は悪くないというか普通に可愛い分類ではある。


 もちろん変な意味での可愛いとかじゃなくて、なにかしら使えるかもしれない可愛いだ。いや、余計にやましく聞こえてしまうかもだけど。


 例えば、ミンミンのペットボトル商法みたいに低レアスキルでもボロ儲けできる可能性は感じられる。今はまだお子様だが、いずれはミンミン路線として活躍できるかもしれない。少なくとも初期投資として割り切れるだけの見た目はしている。我ながらゲスいことを考えているような気もしなくもないが、食費代ぐらいは自力で稼いでくれないと俺が死ぬから、そこは目を瞑ってくれ。


「そうだ、クロはなにかスキルを持っていないのか? 持っているなら見せてほしいんだが」


「えー、変態」


「なんでだよ。スキル見せてくれって言っただけじゃん」


 クロは渋々と持っているスキルを見せてくれた。


 ・いくら食べてもお腹がいっぱいにならないスキル(レベル4)


 ・いくら食べてもお腹がいっぱいにならないスキル(レベル3)


 ・いくら食べてもお腹がいっぱいにならないスキル(レベル2)


 ・いくら食べてもお腹がいっぱいにならないスキル(レベル1)


 ・いくら食べても太らないスキル(レベル4)


 ・いくら食べても太らないスキル(レベル3)


 ・ドカ食い気絶スキル(レベル3)


「あの、なんだろう。全て食事系スキルなのやめてもらっていいですか?」


「タナケンがスキル見せろって言ったんじゃん」


 プイッとそっぽ向くクロ。


 おそらく強化系スキルなんだろうが、ここまで食事に偏っていたとは……。しかも同名スキルを重ねている(※)とは……。


(※レベルが違えば同名スキルを複数身につけることができる)


 というか、これアレだわ。


 呪いのスキルだわ。


 前にどこかで聞いたことあるぞ。確かステータスを下げさせるデバフスキルのことを呪いのスキルと呼んでいるとかなんとかって。


 間違いない。クロの持っているスキルは全て呪いのスキルですわ。俺の財布の中身を減らす呪いのスキルですわ。


「ひとまず、いくら食べてもお腹がいっぱいにならないスキルを全部売ろうか」


「イヤ! 私から食の楽しみを奪うつもりなの!?」


「普通に食べてお腹いっぱいになればいいじゃん!」


 俺は思わずツッコミを入れたが、クロは「ガルル……」と敵愾心MAXだ。


「私の目標はいくら食べてもお腹がいっぱりにならないスキルのレベル5を手に入れることなの」


「お、おう……」


「それでね、好きな物を好きなだけ食べるのが夢なの」


「素敵な夢だね(俺が食費を出すことを考慮しないなら)」


 本人が手放したくないのなら仕方ない。クロを買ったときに少しでも節約しようとオプションの服従契約を付けなかったから、スキル譲受を強制することはできないのだ。ま、奴隷として買ったわけでもないし、そもそもクロの持っているスキルは需要なくて売れなさそう。


「なら、いくら食べても太らないスキルは?」


「それもダメ! 体重気にしたら食事が楽しくなくなる!」


 体重を気にするなら、俺の財布も気にかけてほしい。


 残るドカ食い気絶スキルは……ダメだ、使い道思いつかねー。


 俺はテーブルに肘をつけて頭を抱える。その間にクロはデザートを注文し始めた。


 結局、その後もクロの服など購入して、出費はとんでもないことになってしまった。手に入れたスキルは実質売却不可能な食べ物系ばかり……どうすりゃえぇねん!


「ここが家だ」


 俺はボロボロのアパートをクロに紹介する。


 クロは「えー、狭い」と文句を言いながら、唯一の家具であるベッドを占領する。俺は床で寝ろってことですか。一緒に寝るわけにもいかないので、床で寝るつもりでしたけども。


「着替えるから出ていって!」


 さらに家から追い出される俺。奴隷扱いするつもりはないが、どっちが奴隷なのかわからなくなってきたぞ。つーか奴隷ってなんだ(哲学)。


 玄関の前で待っていると、聞き慣れた声とセリフが飛んできた。


「家賃」


「うわっ! 妖怪が出た!」


「人をおばけ扱いしているんじゃないわよ!」


 大家さんである。最悪なタイミングで外に出てしまった。でも、レベル5スキルは当分買えなさそうだし、流石にこれ以上の滞納は大家さんにも悪いので、今までの分を一括で払うことにした。


「足りないよ」


「え? いや、来月分まで払いましたよね?」


「とぼけるんじゃないわよ。さっき女の子が入るのを見たわ」


「それがなにか?」


 俺は首を傾げながら尋ねる。


「うちは単身者限定の賃貸だよ! 2人入居するなら2人分払いな!」


「えー! ちょっと待ってくださいよ! 2人分は」


「なに言っているんだい! 本来なら追い出すところを2人分の家賃で許してやるって言っているんだよ!」


 それはそうだが、家賃倍だと日雇い仕事じゃ払うのキツいぞ。というか普通にクロの食費で貯金切り崩すことになりそうなんだけれども。


「今まで通りの家賃じゃダメですか! 本当お願いします!」


「馬鹿言ってんじゃないわよ! 大体、奴隷は買わないと言っていたアンタがどんな風の吹き回しだい!?」


 そういえば、ここに来た頃に奴隷買わない宣言していたっけな。


「彼女が困っていたから、つい買ってしまったんです。俺も大家さんに助けてもらえなかったら人生詰んでいたので……」


 そして、俺は大家さんの顔を見ながらハッキリと言う。


「俺も大家さんみたいに誰かを救える人間になりたいって思ったんです!」


 大家さんはジッと俺の顔を見て、「フッ」と笑った。


「青二才だったアンタも言うようになったじゃないか」


「大家さん……」


「今回だけ特別だよ! ただし、今後滞納したら容赦しないから!」


「ありがとうございます!」


 俺は大家さんに深く頭を下げた。大家さんが立ち去るまでずっと。


 これから再出発しよう。そう心に決めて、俺は部屋に戻った。


 しかし、すぐに頬を膨らませたクロと目が合った。


 クロの手には、俺が明日食べようと楽しみにしていたおやつ(開封済み)があった。


「お前! なに盗み食いしているねん!」


「盗み食いしていないよ。落ちていたから食べただけ」


「ここは俺の家だ!」


 ギャーギャーと言い合いが始まり、その声ですぐに大家さんが戻ってきた。


「アンタら、うるさいよ!!!!!!!!!!」

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