第5話 ついにヒロイン(?)登場!

 ニコニコ奴隷商会とは。


 その名からわかる通り、奴隷を人身売買している組織である。現実世界から転移してきた俺からすれば奴隷という言葉は快く思えない。けれど、この世界では奴隷の人身売買が認められているため、犯罪ではない。


 このニコニコ奴隷商会は奴隷を取り扱った組織の中でも有名であり、ネット(※)のレビューも星3.8とそこそこ好評だ。


(※この世界にはインターネットが存在します。もう世界観はあまり気にしない方がいいかもしれません)


「俺に奴隷を買えって言うのか!?」


 サングラスをかけた男に向かって怒鳴りつける。


 しかし、サングラス野郎は「ふふふ」と怪しげに笑うだけだった。


「お兄さん、スキルを買うなんて古いんですよ」


「古いだと?」


「時代はスキル奴隷ビジネス。そうだと思いませんか?」


 スキル奴隷ビジネスとは、奴隷が習得したスキルを取り上げ、売ったり貸したりして利益を得ることだ。奴隷を購入した際、購入者と奴隷との間で絶対服従の契約がされる。奴隷は逆らうことができなくなり、自身が習得したスキルを渡したくなくても強制的に購入者、つまり主人の物となってしまう。そう、「お前の物は俺の物」という某ガキ大将理論が罷り通ってしまうのだ。


 とはいえ、奴隷を住ませる生活コストはかかるし、それに見合うレアスキルを引けるかも運次第。なんだかんだで奴隷にも必要最低限の人権が守られており、主人は奴隷を見捨てることは許されていない。仮に人道的な部分から目を瞑ったとしても、資産ビジネスとしてはギャンブル性が高くて微妙だ。


「ふざけるな! 金を稼げればなんでもいいわけじゃない! 俺にもプライドがある!」


 俺はサングラス糞野郎をにらみつけると、地面から呻き声が聞こえてきた。


「うぅ……」


 地面に倒れている少女の声である。耳を澄ましていなければ聞き逃してしまうほど弱々しい声は、彼女の悲惨さを物語っていた。


「おい、大丈夫か!」


 俺はうつ伏せになっていた少女を起こし、意識を呼び戻そうと声をかけ続ける。


「た、助けて……」


 少女は今にも折れてしまいそうな腕を上げて、俺の頬に手を当てる。


 長い黒髪で隠れていた顔は整っており、薄幸の美少女とも言える容姿をしていた。歳は15ぐらいだろうか、少なくとも今の俺(異世界転移して若返った姿)より下だとは思う。ボロボロの服が大きく見えるほど手足が細く、俺は彼女の過ごしてきたであろう過酷な生活を想像してしまい、涙ぐんでしまう。


「この子がなにをしたって言うんだ! 恥を知れ!」


 俺はサングラスアホ野郎を怒鳴りつける。


「恥を知れ? ふふふ、そんなに心配なら貴方が買い取ればいいじゃないですか」


 サングラス野郎(似合っていない)は反省する素振りすら見せない。


「くっ……! しっかりしろ! どこか痛いところとかないのか!?」


 再び少女に声をかけると、聞き取れないような掠れた声が返ってきた。俺は聞き逃さないように少女の口元へ耳を近づける。


「お腹……空いた…」


「!? 腹が減っているのか!?」


「最後に……美味しいもの……食べたかった……」


 少女はガクッと力が抜けて気絶するように目を瞑ってしまった。


 この細い手足を見れば一目瞭然だ。俺は再びサングラス鬼畜野郎を睨みつけた。


「なんでこんなことをする!? 一体、いつから食事を与えていないんだ!」


 俺がそう叫ぶと、サングラス糞野郎(ネタ切れ)は「ふふふ」とお決まりの笑い。


「今日の朝食は7時頃でしたから3時間ぐらい前ですかね」


「貴様! それでも人間か……ん? 3時間前?」


「えぇ、その子食いしん坊なんですよね」


「はい?」


「毎月食費が馬鹿にならなくて……早く誰かに押し付け……じゃなくて引き取ってもらいたいんですよ」


 サングラス金欠野郎の顔を見ると、サングラスから零れ落ちた涙が頬へと伝うのが見えた。


「え? 今の話って本当?」


 少女を起こすように揺さぶって訊いてみる。


「うぅ……ニンニクヤサイマシマシラーメン食べたかった……」


 あ、本当っぽい。


「今朝もライスを8回おかわりして、私の分のおかずまで食べてしまって大変だったんですよ」


 サングラスをかけた男(意外と良い奴かも)はハンカチで涙を拭いながら話す。


「どうです? 今ならお安くしますよ」


「断る! 俺は非人道的なことはしない!」


「なに言っているんですか。奴隷売買制度は親に捨てられた子供達を救うための救済処置なんですよ」


「え? そうなの?」


 里親制度的な感じなの? いやいや、思いっきり奴隷って言っていますやん。


「それでもだ! 人を買うなんて俺には……」


「10万ゴールド」


「え?」


「今なら10万ゴールドでお譲りしますよ」


 めちゃくちゃ安いな! この若さなら最低でも数百万ゴールドぐらいするはずだろ。


「お兄さん……助けて……」


 少女は縋るように俺の服をぎゅっと掴む。あまり引っ張らないでくれ。今着ているのは一張羅なんだ。破けたら外に着ていく服がなくなってしまう。


 でも、こんな綺麗な子が10万ゴールドなんて……いやいや、流石に人としてまずいだろう。


「ダメだ! 人として俺は買うことはできない!」


 なんと言われようと俺の信念は揺らいだりしない。俺は自分の住んでいた世界を基準として生きていくのだ。


「あー、じゃあ1万ゴールドでいいですから」


 サングラスの男(やる気なし)は投げやり気味で言った。そんな在庫処分みたいな……いや、実際そんな感じなのか。


 1万ゴールド……流石にお買い得な気がする。買わなかったら今夜寝るときに「あーあ、やっぱり買えばよかったなー」って後悔しそう。


 いやね、別にやましいことをしたいとかじゃなくてね。正直、最近寂しいと思っていたんだよね。ほら俺、異世界転生したからあまり友達とかいないし。人と会話することなんて日雇い仕事で前歯がないおじさん達と雑談するぐらいだし。なんていうか割と心折れそうなこともあるし、話し相手と思えばいいんじゃないか。


 そもそも少女も「助けて」と言っているし、サングラスの男(まだ泣いている)もよく見たら顔がこけていて金なさそうだし、マジで俺が買い取らなきゃ餓死するんじゃね?


「8000ゴールド」


 俺はボソッと口にした。


「8000ゴールドに値引きするなら考えなくもない」


 言っちゃったよ。ああ、もう、ここは天に委ねよう。もし値引き交渉が通るなら買うしかない。値引きを許したアイツが悪いってことで買っちゃおう(責任転嫁)。


「本当ですか! 全然OKです!」


 いや、即答かよ! なら、もう少し値引き交渉してもいけるんじゃね?


「やっぱり5000ゴールドだ、それ以外では買わない」


「それでも大丈夫です! むしろありがとうございます(?)」


「あ、3000ゴールドとかでもいけます?」


「いけます! いけます!」


 いやいや、どんだけ値引きできるんだよ。


「意外といけちゃうンスね。じゃあ、いっそ1000ゴールドまでいけちゃいます?」


 俺がそう言うと、サングラスの男(値引き許しまくるマン)は元の口調に戻った。


「お兄さん、流石に1000ゴールドはヤバいでしょ」


「え……?」


 急に口調が元通りになり、俺は困惑する。


「彼女は奴隷と言っても人間だよ? それを1000ゴールドって……」


「あ、いや、俺はそんなつもりじゃなくて……」


「しかもさ、本人がいるところで普通言う? 1000ゴールドって」


 ハッ! と俺は振り返り、少女の方を見た。


「…………」


 少女は頬を膨らませながらジト目で俺のことを見ていた。明らかに不満げだし、内心では激おこぷんぷん丸になっていてもおかしくない。


「ほら、ちゃんと彼女に謝ってください!」


「え……あ、酷いこと言ってごめんなさい」


 こうして俺は少女に頭を下げつつ、3000ゴールドで仲間になってもらった。

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