第3話 これが異世界ブーメラン!

「この水ジャバジャバスキル(レベル1)で作った水を、風ビュービュースキル(レベル1)の風で飛ばせば、手軽に農作物に水をあげることができますよ!」


 この日、俺は朝から外回り営業をしていた。


 今は街から少し離れたところにある農家で、水魔法スキルと風魔法スキルをレンタルしてもらおうと必死に交渉している。


 水ジャバジャバスキルで空中に発生させた水を、風ビュービュースキルで吹き飛ばして、雨のように拡散させるというTV通販並みの実演付きだ。


「うーん、ちょっと水の拡散範囲が足りないね。水ドバドバスキル、風ブンブンスキルだったらレンタルも考えたんだけどねぇ」


 気難しそうな農家のおじさんはあまり良い反応ではない。


「いやいや、水ドバドバは水の量が多すぎですし、風ブンブンは農作物を傷つけてしまいます! ジャバジャバ×ビュービューがベストです! 他の農家さんは全てこの組み合わせです!(大嘘)」


「なんだ、アンタ! うちの野菜さん達が柔だって言いたいのか! ぶっ◯してやる!」


 ブチギレる農家のおじさん。沸点低すぎだろ。


 こうして本日六件目の営業も失敗に終わった俺は半泣きで街へ戻った。


「くそ、少しでも多く金を稼いでおきたいのに……」


 などと口を漏らしながら歩いていると、広場に辿り着いた。


 広場の中央では人集りができていて、なにかイベントがやっているようだ。


「みんなー! 会いに来てくれてありがとー! ミンミンだよー!」


「うおー!」「ミンミンー!」「うおー!」「こっち向いてー!」


 どうやらアイドル(※)のイベントらしい。


(※この世界にはアイドルという概念が存在します。設定の時点では考えていなかったのですが、今そういうことにしました)


 ステージではミンミンと名乗るアイドルがトークショーをやっている。アイドルなだけあって可愛いし、服装はなかなか露出度が高い。青髪のロングヘアからは涼しさを感じさせる。


「これから水ジャバジャバのスキルを使って、ペットボトル(※)をいっぱいにしまーす!」


(※この世界にはペットボトルが存在します。異世界らしくないなーと思ったのですが、そこまで深く考えなくてもいいか! ということで今そういうことにしました。ちなみにペットボトルが日本で使われ始めたのは1982年頃らしいです。思っていたより最近ですね。やっぱり異世界らしくないn(略))


 ミンミンは「むむぅー!」と大袈裟に真剣な顔つき(それでも可愛い)で、水ジャバジャバのスキルを使う。手の周辺に発生した水は地面に溢れつつもペットボトルに注がれる。


「みんな見てー! 水がいっぱいになったよー!」


 上まで満たされたペットボトルを見つけるミンミン。観客は「すげー!」「天才だー!」などと歓声を上げている。いや、あんなの俺でもできるわい。


「このペットボトル欲しい人ー!」


 ミンミンがそう問いかけると、観客達は「欲しいー!」と声を合わせて答えた。


「じゃあ、今から一本5万ゴールドで売りまーす!」


「なっ……!?」


 俺は驚いた。あんなスキルで出した水が5万ゴールドだと!? 俺が払っている家賃(4万8000ゴールド)よりもたけぇじゃねぇか!? いくらなんでもボッタクリすぎるだろ!


 しかし、観客達は盛り上がっていた。


「うおおお! ミンミン特製の水だ!」「買うしかねぇー!」「実質タダじゃねぇか!」


 みんな買う気満々で、困惑する俺。タダじゃねーよ、5万ゴールドは実質5万ゴールドだろ。


「飲む用と保存用で2つ買う!」「俺は10本買うぞ!」


 売れていくミンミン特製ウォーターペットボトルを見て、「金ってあるところにはあるんだな」と思った。それと同時に「もっと他のことに金を使えよ」とも思ったが、個人の金の使い道に口を出すのは暇人ぐらいだ。さっさとこの場から離れよう。


「ん?」


 ミンミン特製ウォーターペットボトルを買っているカモの中に顔見知りの男がいることに気づく。二十代前後の見た目である男の顔を凝視したが、間違いない。俺はその男の元へ猛ダッシュで駆け寄った。


「いやー、2本も買えてよかったなー」


 男は買ったばかりのミンミン特製ウォーターペットボトルを嬉しそうに抱えていたので、俺は助走込みのキック(手加減バージョン)をお見舞いしてやった。


「いてぇ! いきなりなにすんだ!」


 尻餅をつく男はさっきまでのホクホク顔から一変、キッと怒りだす。しかし、俺の顔を見て、すぐに顔色が変わる。


「ゲッ、タケナカさん……どうしたんですか? こんなところで」


「どうしたんですか? じゃねーよ! 滞納しておいて何買ってんねん! あと俺の名前はタナケンだ!」


 そう、この男は俺からスキルを借りておいてレンタル料を滞納している。先々月分から払っておらず、そのときは「給料が入ったらすぐ払う」と言っていた。しかし、先月は集金に行っても家から出てくることはなく、ずっと探していたのだ。


「いや、その〜……来月給料入ったら払いますんで」


「それ先々月も聞いたわ! 今返せ!」


「今は手持ちがなくてぇ〜……へへっ」


「なにわろとんねん」


 その場でジャンプさせても小銭の音は鳴らず、チャポンとペットボトルから水の音がするだけ。どうやら本当に金がないようだ。そりゃあんな高額ウォーターを買ったら残っているわけがない。来月までどうやって生活するつもりなのだろうか。


 結局、今日払ってもらうことを諦めた俺はブチギレながら必ず来月支払うように言い、男は「来月は! 来月は絶対に払いますので!」と逃げるように去っていった。いや、全然信用できねー!


 とはいえ、需要がほとんどない強化系スキル「お掃除やる気モリモリスキル(レベル1)」(※)を借りる奴なんてアイツぐらいだし、ここで強制的にスキルを返してもらってもメリットがない。払ってくれたらラッキー程度に思っておこう。


(※面倒くさい掃除のやる気を出させてくれるスキル。基本的に借りてまで使いたいスキルではないが、清掃業など掃除せざるを得ない状況でもめんどくさい気持ちを緩和してくれるメリットはある)


 しかし、どういう教育を受けたら滞納なんてできるんだ。全く親の顔が見てみたいものだな。


 ********************************


 なにも収穫がないまま帰宅した俺は、家のドアに鍵を突っ込んだ。


 そのとき、後ろから聞き慣れた声が飛んでくる。


「家賃」


 後ろを振り返ると、しかめっ面の大家さんが立っていた。


「あ……こんにちは、良い天気ですね。さようなら」


 俺はそう言って家の中に逃げ込もうとしたが、大谷さんに襟首を掴まれ阻止される。


 大家さんは六十代ぐらいの婆さんだが、見た目に反して元気で、今俺の襟首を掴んでいる圧力も凄まじい。つーか普通に痛い!


「痛い痛い痛い! 早く離して!」


「男がみっともない声出してんじゃないわよ!」


 思いっきり後ろに投げ飛ばされて、尻餅をつく俺。「きゃん!」と変な声が出てしまった。


「家に帰りたかったら、早く家賃払いな!」


「あの〜とても言いづらいのですが……来月まで待ってもらえないでしょうか?」


 俺は子犬のようなつぶらな瞳で大家さんを見る。まぁ、この状況で自分を客観視することなんて無理だし、単に投げ飛ばされた痛みで涙目になっているだけなのだが。


「アンタ、先々月から同じこと言っているだろ! いい加減払いな!」


「ひぃ! 本当に! 本当に今持ち合わせがなくて!」


「なら、その場でジャンプしてみせな!」


「はい!」


 俺はその場でジャンプして、小銭すら持っていないことを証明する。


 大家さんは「はぁ……」と大きなため息をついた。


「いいかい! 来月だよ! 来月、今までの分をまとめて払ってもらうからね! 払えなかったら出ていてもらうから!」


 ドン!!!!!! と耳に響く大きな声。鼓膜が破れそうになるも、今耳鼻科(※)に行ったら余計に金がなくなるので気合いで耐える。


(※この世界には耳鼻科が存在します。そういうことにしておいてください。お願いします)


「ったく! どういう教育を受けたら滞納なんてできるんだい! 親の顔が見てみたいよ!」


「いや〜親は別の世界にいて顔見せることできないんすよね、へへっ(異世界人ジョーク)」


「なにわろとんねん! 意味不明なこと言ってないで、さっさと金稼ぎな!」


「はい……」


 俺はトボトボと落ち込みながら家に入り、ドアを閉めた。


「ふぅ……」


 大家さん、ごめん。


 悪いと思っているのは本当だ。異世界転移して行き場のなかった俺に寝床を用意してくれたのは大家さんだけだった。心から感謝している。郊外から離れた三畳弱のワンルームで家賃4万8000ゴールドはボッタクリでしかないけど……。


 だから、俺はさっさとビックな男になって、お世話になった人達にお礼がしたいのだ。


 俺はベッドの下に隠してあった木箱を取り出す。木箱の中には大量の札束と硬貨が入っており、それは異世界転移してから三年間の間に死ぬ気で集めた金だ。


 あと十日待てば手に入るんだ……!


 超レアスキルである――レベル5スキルが……!

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