第2話 スキルは資産=勝ち組

『スキルは資産』


 この世界で↑を初めて聞いたとき、俺は「胡散くせー」と思った。


 よくあるじゃん。資格スクールとか通信講座的な広告で「資格があれば良い会社に入れる! 学んだスキルは財産になる!」みたいなやつ。この世界でもそんなビジネスがあるのかと目を疑ったね。


 けれど、スキルは俺が思っていたモノとは違った。


 炎魔法のスキルがあれば炎を出すことができるし、水魔法のスキルは水を出すことができる。ライターも水道も使わずに生身の人間が出せるのだ。


 流石に驚いたね。炎があればガス代を浮かせそうだし、水魔法があれば好きなときに手を洗えるってね。まぁ、この世界は都市ガスどころかプロパンガスもないし、川や井戸から水を汲むから水道代も存在しないんだけれども。


 実際、この世界は学歴社会ならぬスキル社会だ。つよつよモンスターを討伐できるほどの強力スキルを持っていれば、騎士団や世界を旅する冒険者になって金を稼ぐことができる。


 逆にスキルを習得しなかったり、磨かなかった者は騎士団に志願しても落とされるし、ハローワークみたいなところに行っても「今まで何してたんだ?」と訊かれつつ薄給や日雇いの仕事を紹介される。


 だから、この世界では優秀なスキルを持っているかどうかで年収が変わるのだ。


 もちろん俺も強力なスキルを使いまくって、超アルティメットつよつよ冒険者としてモンスターをちぎっては投げ、最終的に魔王を討伐して世界に平和をもたらす救世主になってやろう(=チヤホヤされたい)なんて思ったよ。最初は。


 でもね、あることを知ってから考えを改めたんだ。


『スキルは譲受することができる』

 

 つまり、スキルは人にあげられるし、貰うことができる。それすなわち、売ることもできるし、買うこともできるし、貸すこともできるということ。オーケー?


 そのことを知った俺は、こう思った。


――スキルを誰かに貸して、レンタル料を貰えば良くね?


 需要があるスキルは高値で取引されていて、高いものだと家を買えるほどの金額だ。


 そのスキルがなくても我慢できるものならいいが、中には借りたい人がいる。


「騎士団になりたいから強力スキルを貸してくれ、出世払いで!」な奴もいれば、「農業やっているけど、街へ運ぶの大変だから瞬間移動スキルを貸してくれ」な場合もある。


 前者はクソゴミとして、後者に関しては現実でも運送料などコストがかかるから、その代わりとして考えたら借りる人がいるのも納得できる。


 肝心のスキル習得条件だが、これは運でしかない。というのも、現実の資格みたいに何点取ったら合格みたいな基準が存在しないのだ。


 スキルはあるタイミングで、勝手に追加されるのだ。同じ水魔法系のスキルでも「毎日、花に水をあげていたら習得した」とか「川で溺れて死にかけたら使えるようになった」と人によって様々だ。一応、そのスキルに少なからず関係する経験が鍵のようだが、この世界の住民も仕組みは理解していない模様。


 とはいえ、意外とスキル自体はポンポンと習得できる。全く使い道のないスキルも多く、当たり外れの差が激しいのは問題だが、些細なことでも習得できるし、一見需要がなさそうなスキルでも使い道があったりするのだ。


 それに土地や不動産を買うような金がない俺からしたら、当たりスキルを引けるかもしれないというのは夢がある。


 他にもコツコツ金を貯めて、需要のあるスキルを買うのもアリだ。レンタル料が安くても貸し出し数が多ければ結構な額になる。そこから金をさらに貯めて高額スキルを買えば、どんどん収入は増えていく。


 冒険に出た方が様々な経験を得られて強力スキルを習得するチャンスは増えるが、命をかけたくはないし、習得できるとも限らない。健康あってこその金だ。


 俺は平和的にスローライフを送れればいい。雑魚モンスターを倒すだけの薄給でもスキルが揃っていけば雪だるま式で収入が増えていく。急がば回れが大事なのじゃよ(スローライフ博士感)。


 結局、異世界転移しても世の中の仕組みは変わらない。


 この世界で勝ち組と呼ばれている騎士団も所詮は社畜でしかない。朝早くに起床して、夜まで見張って、それを死ぬまで繰り返す。いくら給料が高いからって、そんな人生で楽しいのだろうか?


 俺達が働いている間、王や貴族は日夜のほほんと鼻をほじりながら生活している。真の勝ち組というのはそっち側の人間だろう。


 何故、貴族達は勝ち組なのか。そんなの簡単だ。


 奴らには『資産』があるからだ。


 領地の一部を貸し出したり、領地で採れた資源を売ったり、労働しなくても稼げるのだ。これは現実世界でも同じだ。不動産を持っている人間は家賃収入で暮らしていけるし、土地があれば地代収入を得ることができる。


 某携帯キャリアの社長は役員報酬が一億円。これでも十分凄いのだが、配当所得は百億を超えていると言われている。働くよりも、配当所得や不動産所得など自動的にお金が増えていく手段がある方が圧倒的に効率よく稼げるのだ。


 資産を持っている者が勝ち続けて、資産を持てない者は働かざるを得ない。それはこの世界でも同じで、現実世界と同じく格差は広がる一方だ。


 俺はどうにかして勝ち組になりたい。だから現実世界でも試行錯誤した。けれど、投資に失敗した挙句、トラックに撥ねられて死亡というオチだ。


 だからこそ、この世界では不労所得を実現させたい。


 必ず叶えてやるさ。他の奴らを蹴落としてでも、俺は勝ち組になってやる。


 その夢を実現させるために――俺は『スキル資産家』を目指すことにした。


 ********************************


「いつもありがとうねぇ、タヌケンさん」


 俺は古びた民家に住むお婆さんから金が入った袋を受け取った。


「こちらこそ、いつも助かっています」


 ホクホク顔の俺が受け取った金は、スキル貸し出しによるレンタル料だ。決して、お婆さんをカツアゲしているわけではない。


「それとタヌケンじゃなくて、タナケンです」


「あら、ごめんなさい。タヌヌンさん」


「だから、タナケンです」


 タナケン。この世界ではそう名乗っている。


 本名は田中健太。そのまま名乗るのは世界観に合わないから、どうにか外人っぽい名前を考えたのだが全然思いつかなかった。結局、小学生時代のあだ名を名乗ることにした(適当すぎる)。


「では、また来月」


 この世界には銀行口座がないから、こうして自分の足でレンタル料を集金している。移動系のスキルを借りたいが、そんな贅沢はできない。今はひたすら金を貯める時期なのだ。節約できる部分は甘えない。


 ちなみにお婆さんに貸しているのは、筋肉モリモリのスキル(レベル1)。筋トレしていなくても筋肉がつく単純な強化系スキルである。


 スキルにはレベル1からレベル5まであり、数字が大きいほど効果が強力になり、同じ名前のスキルでもレベル1とレベル5では別次元の性能になる。とはいえ、ほとんどがレベル1〜2だ。レベル3からレアスキル扱いになり、高値で取引されるようになる。


 レベル1はハズレだし、筋肉モリモリ自体もよく見かけるスキルではある。レベル2以上ならモンスター討伐でも活用できるのだが、レベル1はほんの少し筋肉がつくだけで戦闘面での効果は期待できない。


 しかし、それでも使い道がある。


 今、俺が貸しているお婆さんみたいに筋肉が衰えた老人からしたら、レベル1でも価値があるのだ。


 あのお婆さんは80歳を超えていて、本来なら杖を使わないと歩けず、普通に生活するのも大変なのだ。しかし、俺が貸している筋肉モリモリスキルのおかげで、両手で荷物を運びながら歩けるほど身体能力が向上している。


 レベル1がちょうど良い具合に身体を強化できており、逆にレベル3とかになると、ボディビルダーの大会に出れるほどマッチョになってしまうので、求めている効果を大幅にオーバーしてしまうのだ。一人暮らしなのに馬鹿でかい冷蔵庫買ってしまったみたいな。


 こんなふざけた名前のスキルでも高レベルになれば、稼ぎのいい騎士団や上位ランカーの冒険者達にまで需要が拡大してレンタル料が高額になる。


 もちろん貸す側としたら、そっちの方がいいんだが、このように外れスキルでも上手くマッチさせれば、金儲けの道具として活用できる。ここがスキル資産家の腕の見せ所なのじゃよ(スキル資産家博士感)。


 まぁ、稼げる額は少ないけれど、コツコツ貯めていけば、いずれレアスキルに手が届く額になるだろう。


 今は無名スキル資産家だが、ここから億万長者になったるわ!

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