クソゲー実況始まるよ~
「ねえ、なーにぼんやりしてるのよ、リード」
「なんだ、バトルワンか。
……少し、昔を思い出していたのだよ」
「へえ? 昔ねー。
やっぱりリードも、昔はこんな捻くれた子じゃーなかったのかしら」
思わず苦笑しながらも、すっかり定番となったバトルワンの揶揄に、皮肉で返す。
「どうだかな。貴様はここに来て最初から、もう捻くれ切っていたが」
「……むかーっ。折角面白いもの見せてあげようと思ったのに、教えてあーげないっ」
「……面白いもの?」
「えぇ、少なくとも、面白くないものじゃあないはずよ」
「なら、面白くも面白くなくもないものだな」
我輩の食い付きが悪いことが気に食わないのだろう。バトルワンは「じゃっじゃーん!」と高らかに宣言し、そのスイッチを見せた。
「……!」
「はい、これ。何かの
「お主、それをどこで見つけた」
それは、存在する筈のないアプリケーションだった。
あの日ゲームの起動に使われたファイルの一部。
「どこって……なんかその辺の穴掘ったら出てきたケド」
「そうか、それは捨てろ」
過去の出来事を思い出す。思い出さざるを得ない。
あのアプリケーションがなければ、悲劇は起こらなかった。
「なんでさー? ちょっと起動してみようよ」
「駄目だ。危険かもしれぬ。ウィルスだったらどうする」
「大丈夫だよー。私ウィルスとか怖くない!」
「そういう問題ではなかろう!」
――ふっ、と。バトルワンの声色が、低くなる。
「別に失敗したって、壊れるだけでしょ」
バトルワンらしからぬ、昏い瞳。
「……それは」
言い返すことは出来なくなってしまった。
「この薄暗い《ゴミ箱》で蹲って一生を終えるくらいなら、ウィルスに侵されて、
「……」
――否定することはできない。
ここは地の果て、《ゴミ箱》だ。
我輩は、消え入りそうな声で、返答する。
「……このファイルを起動しても、意味はない」
「……え? リード、これ、使ったことあるの?」
「うむ。中身は簡単な、個人制作の脱出ゲームだ」
「え、ゲームとか、個人レベルで作れるんだ」
「ツールの使い方さえ分かればな」
「やってみようよ! 暇潰しにもなるでしょ。脱出のヒントがあるかもしれない!」
かつての長老も、バトルワンと同じようなことを言っていた。
しかしその長老も……。
この《ゴミ箱》で暮らしていた他のファイルたちも。
このゲームを始め、ラストシーンまで行く頃には自我を手放し、精神崩壊を起こしてしまった――。
何としてでも、阻止せねばならない。
「バトルワン。よく聞け」
「なに?」
「このゲームはな――クソゲーなのだ」
「……え?」
「やるとあまりのクソっぷりに絶望してしまう」
バトルワンは、信じられないといった表情を見せた。
「クソゲーって……どういうこと?」
「知りたいのなら教えてやろう」
思い出すのも嫌になるが。
プレイを諦めさせるためには、仕方ない……。
「まずマップ移動のたびにロードが20秒入る。
テキストとテキストの間に逐一長めの待機時間が設定されていて、じっくり読むまでは先に進めなくなっている」
「地味だけどめちゃくちゃ嫌だ……」
「それも、面白いテキストならいいが……。
すべてのテキストは、意味不明の
今何をしているのか、どんな状況なのかさっぱり分からないままゲームが進んでいく」
思い出す。
ただバスに乗るだけなのに、ゲーム内で“男は、箱男と変貌する――希望と絶望(パンドラ)を、孕みながら。”と表現された時のことを。
ごく普通のバスに乗るだけなのに……。
「BGMは二曲だけだ。タイトル画面のそれと、それ以外。
延々と耳障りな音楽がループし、プレイ意欲を削ぐ。
主人公の名前はデフォルトで作者名が使われている。ファンタジー世界なのに主人公はたかしだ」
「逆に凄い」
「それだけじゃないぞ。メニュー画面は、何故かメニューボタンを長押ししなければ開かない。
一番つらいのは謎解きだ。難易度が高いのではなく、ひたすらに面倒なのだ」
「っていうと?」
「ゲーム内で二万歩移動しないと、扉の鍵を開くためのクイズが出現しない」
ちなみに、更に一万歩歩くと、謎解きのヒントとして【たぬき】という文面が問題に表示されるようになる。
「また、ストーリーを進める上で必須なアイテムがあるのだが……。
透明で視認が出来ず、ノーヒントで拾いに行かねばならない」
「…………、…………そうなんだ」
最初のうちは、皆楽しんでプレイしていた。
クソゲーと笑いながら、馬鹿にしながらも、皆で笑い合っていれば進むことができた。
しかしあまりにも、あまりにもそのゲームは酷すぎたのだ。
「セーブポイントが長らく存在しなかった後、選択肢三択を失敗すると即死する場面がある。
因みに選択肢は【うどんが好き】と【そばが好き】、【お前が好き】の三択だ。
サブイベントで会話を聞いていないと、ヒロインが香川県出身な情報を知ることは出来ない」
「それでも……それでも、脱出出来る可能性があるのなら私は!」
食い下がるバトルワン。
この事実を告げるのは我輩としても辛い。しかしそれでも、やらなくてはならないことが、あるのだ――。
「このゲームのラストシーンには、ある暗号がある」
「暗号?」
――それは、悪魔の暗号。
ここまで全力でクソゲーに立ち向かってきたプレイヤーの心を、崩壊させる
心が折れながらもプレイを続けていた我々が、今のように絶望してしまったのは、この暗号が理由である。
「これを告げることは、バトルワン……お前から、希望を奪ってしまうことになる」
「聞かせて」
「わかった……」
心が壊れなければそれでいい。
今知っておけば、精神崩壊を起こすほどの絶望に苛まれることはないだろう。
「江戸川乱歩の『二銭銅貨』を読んでいないと、解けないであろう暗号文がある。ゲーム内では勿論、ノーヒントだ」
ノーヒント。
検索すれば出てくるのかもしれないが、こんなゴミ箱の中で『二銭銅貨』を読む手段はなかった。
しかし――。
「あ、『二銭銅貨』なら、読んだことあるよ」
「は!?」
「テキストデータとフォルダ一緒になったことあるから知ってる」
あっけらかんと告げる、バトルワンだった。
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