リードとバトルワン

「ねーねーリード」

「喧しいぞバトルワン」


 あれから数日。

 バトルワン――midiファイル《バトル01》は、我輩の周囲をうろつき回るようになった。


「ひっどーい。リードが聞いてくれなかったら、私誰と喋れば良いのよ」


 ――リード。

 それは「新しいテキストドキュメント(2)とか呼びにくい……っていうか(2)ってどう読めばいいのよ」という苦情を受け、説明書(リード・ミー)から半ば強制的に付けられた呼び名だった。


「別に何処へなりと行けばいいだろう。壁に向かって話でもしていろ」


 我輩は冷淡に言い放つ。

 こう付き纏われては調査の一つも出来ない為である。

 実際に壁に向け話しかけていたら多分我輩はそっと距離を取り二度と話しかけられぬよう拒絶するが、幸か不幸かバトルワンにそのつもりは無いらしかった。


「仕方ないじゃない。《ごみ箱ここ》でマトモに会話出来るの、リードくらいなのだもの。

他は皆、ブツブツお経とか唱えてて気持ち悪いし」


 ――そう。

 バトルワンを疎ましく思いながらも、邪険にし切れない理由はそこである。


 この《ごみ箱》において、大抵の者は絶望に心を閉ざし、大人しく消去されるのを待つばかりなのだ。

 試しに会話を投げかけてみても、うわ言のようにブツブツと支離滅裂めちゃくちゃなことを呟くばかり。

 我輩としても、久方ぶりの会話に興じたいという気持ちが、正直無いではないのだ。


「……全く。どうしたと言うんだ? 下らない話であれば許さんぞ」

「えっと。リードってさ。テキストファイルなんだよね?」

「見れば分かるであろう。愚か者め」


 無論バトルワンは然程愚かではないので、あくまでこれは話の導入だ、ということは我輩も理解している。

 軽口とやらが叩いてみたかっただけだ。


 しかしその導入から入った本題は――とんでもないものだった。


「で、本題だけどさ。――リードの中身(ファイル)、見せてよ」


 これを見せる訳には、絶対にいかない。

 見せてしまっては、真実を知られてしまう危険性があるからだ。


「断る。プライバシーの――」

「じゃあいいや」

「……ほぉ」

 断る理由を述べる前に、遮られてしまった。

 この返答を予想していたのか? となれば、既に我輩のテキストファイルが脱出の鍵を握っていることを、悟られてしまった可能性が――


「――なーに驚いた顔してるのよ。

別に興味本位なんだから、無理には聞かないわよ」

「……そうか」

 あっけらかんと告げるバトルワン。

 秘密を知られたわけではないのは重畳だが、少し肩透かしでもあるな。

 

「…………」

「…………」

「あー。そういえばさ」

 僅かな沈黙を打ち破るようなバトルワンの言葉。

「なんだ」

「《長老》いるじゃん?」

「ああ」

 長老とは、この《ごみ箱》に存在している、最古のテキストファイルのことである。


「あれがよく言ってる、“すべての項目を元に戻す”っていうの、なに?」

「あぁ、あれか……」


 これを教えると、それだけで脱出の希望をバトルワンが持ってしまう危険性があるが――調べればわかることでもある。

 教えぬのも不自然なので、素直に伝えることにしよう。


「あれは惚けた老ファイルの戯言である。

この《ごみ箱》内部で、管理者が“すべての項目を元に戻す”というコマンドを実行すると、たちまちのうちに我々は元の居場所に戻れるらしい」


「……へえ。面白いじゃないの」

 バトルワンの眼の色が変わる。


「しかしそれは、不可能と言っていい」

「なんでよ? それが前言ってた、“希望は殆どない”って奴?」

「うむ。管理者のプログラムに我輩達が干渉することは不可能であるし、そもそもそんなことをするなら、始めから消去などせぬ」

「……むぅ。それでも、期待しちゃうなー私」

「まあ、話半分程度で聞いておくがよい」

「はいはい。分かってるわよー」

 どうやら上手く、誤魔化せたようだ。

(……下手に希望を持てば、手酷いしっぺ返しを食らうことになる)

 知るべきではないことも、ある。

 バトルワンには、先住民のような絶望に染まった顔は、してほしくなかった。

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