《ゴミ箱》

 ――ここは薄暗くじめじめとした、《ゴミ箱》フォルダの中。

 この中にいるのは、みな削除され、この地へ放り込まれたファイルたちの成れの果てだ。

 ある者は己の不幸を嘆き、ある者は神を呪い、ある者は目の前の現実を受け入れ諦観に浸っていた。


「もう嫌だ……早く“すべての項目を元に戻す”をしてくれ……」

 ブツブツとそう呟いていたテキストファイルは、どうやら我々の中で一番の古参であり、同時に我々の中で一番深い絶望を胸に秘めているらしかった。

 

 辺りの様子を観察していると、背後から突如声をかけられる。


「ねぇ、アンタ」

「……我輩を呼んでいるのか?」


 振り返ると、そこにいたのは音楽midiファイル。

 ファイル名には、《バトル01》と表示されていた。


「そう。アンタよアンタ。ねえ、ここは何処なの? 

私はええと……、さっきまで《BGMフォルダ》にいたはずなんだけど」


 あぁ、成る程、と、バトル01の言葉に納得する。

 この場所に長らくいる者であれば、須らく絶望的な表情になっているはず。

 しかし、バトル01は、未だに状況を掴めていない様子だった。


「ここは《ごみ箱》であるぞ。

貴様はファイルの管理主に捨てられ、あとは消去されるのを待つ存在だ」

「え……? な、なに……何を言ってるの……?」


 困惑するバトル01に対し、我輩はフォルダの上部を見るよう促す。


「あれを見れば、一目瞭然であろう?」


 そこには凛然と輝く、《ゴミ箱》の文字。

 バトル01は現状を把握しつつあるらしく、わなわなと震えている。


「わ、私……要らない存在なんだ……」


 声は僅かに涙声。

 可哀想にも思えるが、事実を受け止めるなら早いに越したことはない。


「諦めろ。貴様も、我輩も。最早希望は、殆ど無いと言って良いだろう」

「――殆ど?」

 言葉尻をしっかり捉え、ぱっと表情が明るくなるバトル01。

 どうやら、唯の馬鹿ではないらしかった。


「言い直そう。希望は全く無い」

「……むぅーっ」


 正確には二つだけ、消去されずに済む可能性が存在する。

 ――だが、それはあくまで可能性の話。机上の空論とも言えるものだ。

 下手に希望を持たせて、心が壊れてしまうよりも。最初から希望を知らずにいる方が、バトル01の為になるだろう。


「これからは常に死を意識し、後悔せず暮らせ。

どうやらここの管理者はものぐさらしく、頻繁に《ごみ箱》内の消去を行う訳ではないようだ。

もうしばらくの間は、生き残っていられそうだぞ」


 するとバトル01は俯きながら、消え入りそうな声で「わかった」と言った。


「我輩は新しいテキストドキュメント(2)である。

名前はまだないが、未完成の説明書リード・ミーだ。同じフォルダに暮らす者として、これからよろしく頼むぞ」


 こうして、我輩とバトル01は、共に打ち捨てられた《ゴミ箱》で暮らすこととなった。

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