第4話 聞いてはいけない
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夜の飛行は、流れる景色もなく単調なもののように思われるがそうではない。
目が奪われている状態を補うため、闇の中でぼんやりと赤い光を放つ計器類を常に確認する必要があった。
アルテルの任されているのは、標高2000メートルほどの山を越えていくルート。
夜間の山越えは、高度を見誤れば山壁に激突し墜落する。
ただ、この慣れた飛行経路ならばアルテルは高度計を見なくとも星の位置を頼りに飛ぶことができた。
もっとも、今晩のように星が隠れてしまってはどうしようもない。
目標とするものを失いぼんやりとしていたアルテルの機体は、いつのまにか右下方へ吸い寄せられるように機体が傾いていた。
操縦桿を握る手にいらぬ力が入ったためだろう。
高度が緩やかに落ちてゆく。
傾いた機体の翼端は、夜闇の中では薄ぼんやりとした灰色に見えるだけだが、万年雪に覆われた険しい山並みを指していた。
以前、木から落ちたことがあるがそのときは一瞬だった。
けれど、飛行機だと落ちるのはこんなにも長いものなのかと、ばかばかしいことをアルテルは考えていた。
このまま墜落したら、ポーラは天国で待っていてくれるだろうか?
それとも俺が先に行って待っていることになるだろうか?
その方がいいかもしれない。
いつもは、姉さんぶっているがポーラはとても心配症なんだ。
アルテルが静かに目を閉じると、両翼はゆるやかな弧を描きながら、山の頂に吸い寄せられて行った。
*
「……ア、アル……」
誰かに呼ばれたような気がして、アルテルは目を開けた。
こんな空の上で、人に呼ばれるわけなどない。
我に返り高度計を確認すると、落ちるまではまだまだ余裕があった。
彼は大きなため息をついたが、それをかき消すような叫び声が上がった。
「アル…テル……。アルテル!」
その声に、打たれたように心臓が跳ねた。
聞きなれた、幼馴染の声。
まさか、そんなことあるはずがない。
鼓動が速くなる。
「どうして飛行機が落ちているの!?」
プロペラの音を遮らんばかりの悲鳴が聞こえた。
いるはずのない、ポーラの声だった。
「ポーラ!?」
振り返ると、荷を乗せていたはずの後部座席にポーラの姿があった。
幻か?
ポーラの姿は、月の光を纏ったかのように淡く闇を照らしていた。
白いコットンのワンピースだが、本人は寒くはないようだ。
ハチミツ色の長い髪は、高度を急激に落としたせいかふわりと空を漂っていた。
「アルテル。前、前向いて! しっかり飛んで!」
いつもは、小鳥のさえずりのようなポーラの可愛らしい声も飛行機が落ちると慌てているため甲高い。
アルテルは、ただ驚き言われるがままに操縦桿を引きよせ高度を保つ。
翼が風に乗るのを感じると次第に心が落ち着いてくる。
空であるはずの後部座席に、まぎれもなくポーラがいた。
「ああ、怖かった。いつもこんな危険なことをしているの?」
いつもと同じ様子で、小首をかしげたずねるポーラ。
なぜ、ポーラがここにいるのだろう?
いや、知ってはいけない。
聞いてはいけない……。
――― 絶対に。
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