第15話 探索者デビュー
チリリリリリという甲高い音が鳴り響いて、俺の意識は叩きおこされる。
「っ、いてて…」
全身の節々に感じる痛みに悶えながらも、俺はゆっくりと体を起こした。
背中だったり腰だったりを摩ってみるが残念ながらそれで収まるほど狭い範囲ではない。
目覚めとしては最悪に近いが…、まぁ昨日のことがあったのだから仕方がない。
「おはよぉっ、コテツぅ~!!」
さりとて愛猫に向ける愛情は全力投球待ったなし。
すでにお目覚めで日向ぼっこしているコテツに、俺は熱いラブコールをぶつけた。
しかし返事や反応というモノは返ってこない。
くぅ、コテツ…高嶺の花っ!
なんて思いながらも、俺は白黒模様の愛くるしい彼女の隣へと向かい、そしてしなやかなその体をそっと撫でる。
「コテツ、」
暖かな陽光を一緒に浴びながら、俺は彼女の名前をもう一度呼んだ。
そして、
「今日も、おでかけするけど…良いよねっ?」
窓の向こうを見つめていたコテツの視線が、こちらを見上げる。
パチリと目が合った。
「は?」とでも言いだしそうなまん丸な瞳をしていた。
「
途端、コテツを撫でていた左手に切り裂くような痛み!!
思わずひっこめたその手には、綺麗に川の字の傷が刻まれているのだった。
***
顔を洗い、朝食を食べ、身なりを整えて、数時間後。
俺とコテツは、
フィクションでよくあるような一昔前の感じではなく、どちらかといえば銀行なり郵便局なり、そういった業務の建物と外観はよく似ている。
効率化の余波でロマンが失われていくのは残念だけども、これもまた致し方ない。
【具現者】の人口増加に伴い、
さて、そんなことはどうでもよくて、どうして俺たちはこんなところに来ているのか。
それは昨日、今目の前にある建物の所長……の、上司の上司のさらに上司。
探索者協会総会長のギルドマスターに、熱烈な勧誘を受けたからである。
能力が目覚めて浮かれすぎて浮いてしまい、地上から数m程度の高さから落ちてしまって危うく全身複雑骨折になるところだった俺は、彼女…ギルドマスターの能力で助けられた。
まぁ当然と言えるのだがギルドマスターも【具現者】のひとりであり、詳細は聞きそびれてしまったけど、その能力を持って俺の大怪我を治療してくれたようのだ。
もちろん誠心誠意の感謝をしたのだが、ギルドマスターはその恩で俺にあるひとつの提案をした。
それが、彼女の統括するギルドに入ること…つまり、探索者になるということだったのである。
なにやら彼女は俺の能力を非常に買ってくれているようで、ぜひその力を活用してほしいとのことだった。
もちろんそこまで言われたら、俺だってやぶさかではない。
というか喜んで引き受けるところだ。
なんてったって、一般人からすれば憧れの職業のひとつでもあるのだから。
安定した収入はないとはいえ上澄みのランカーは年収が億を超えてくる。
そこまでガチにならなくとも、学生としてはかなりのお小遣い稼ぎになるらしいしな。
まぁそういうわけなので、俺は昨日の今日で、さっそく探索者登録をしに来たのである。
「コテツ、楽しみだなっ」
想像したらなんだか夢が広がってきたぜ。
テンション上がるなぁ。
ケージの中のコテツも、心なしかワクワクして………
…は、いない。
不機嫌とはいかずとも、なんともいえない無表情になっていた。
昨日、ご褒美にご飯を奮発させた甲斐があったのかもしれない。
まぁ逆に言えば、今日もそれを期待されているのかと思うと、懐が痛くなるが。
***
「こんにちは!本日はどのようなご用件ですかっ?」
建物の中に入る自動ドアが開くと同時に、気味の良い女性の声が聞こえてきた。
俺に向けてなのかとギョッとしたが、どうやら対応をしている人に対するものであるようだった。
休日だからか、待合の席はそこそこ埋まっている。
当然のごとく待っている人々はみなフィクショナーであるようだった。
一目でわかる異形の人も、一見わからない姿の人も、老若男女が受付を待っている。
…うちの近所、こんなに【具現者】がいたんだなぁ、と思う。
ここらに越してきてまだ一年経ってないということも理由なのだろうけど、自分の視野の狭さを痛感してしまう。
文字通り馬面の人と、いつか理科室で見たような骨格標本の如き体躯の男性のあいだに、俺は腰を据えて同様に自分の番を待った。
最初に馬の人が立ち、細身の男性が立ち、そして俺の周りの人が段々といなくなったところで、ついに俺の番がやってきた。
「こんにちは!!今日はどのようなご用件ですかっ?」
奇しくも…というべきか、俺の担当はさきほどから元気な声で対応していた女性だった。
ひまわりみたいな笑みを喰らって、あははと愛想笑いを浮かべながら、俺は背もたれのない丸椅子に着席した。
コテツのいるケージを膝にのせていたが、お姉さんは眉ひとつ動かさずに対応を始めた。
「えぇっと、探索者登録をしたくて」
「新規の方ですねっ!【具現者】証明書はお持ちですか?」
「はい、あります」
俺は昨日発行した出来立てホヤホヤの証明書を提示する。
だいたいは持ってないから詳しくはわからないけども、たぶん運転免許証と同じだと思う。
氏名、住所、生年月日が記載されおり、腑抜けた俺の顔写真が載っている。
違うことといえば、運転免許でいう条件の代わりに、【猫吸い】などという似つかわしくない文言が記載されていることか。
これは能力の名称であるらしい。
自分で命名することが可能であるのだが、俺にネーミングセンスなんてものはないので発動条件である【猫吸い】に収まった。
正直もっと練れば良かったと思うが、まぁ名前の変更はできるらしいし、いつかチャンスを見計らって変えようか。
「確認いたしましたっ!登録料などは発生いたしませんが、同意していただく規約や必要事項記入の書類がございますので、しっかり目を通したうえで記入をお願いします!」
なんてどうでもいいことを考えると、お姉さんはなにやら封筒を取り出して俺に手渡した。
中にかなりの数の書類が入っているらしく、厚みがあった。
…これ、全部見なきゃいかない感じ…?
「わ、かりました…」
まぁ文句を言っても致し方がないので、封筒の書類を取り出して目を通していく。
正直頭に入ってこないが、いきなり記入を始めても変な目で見られそうなので、読んでいるふりをしておく。
「…」
そうしていると、ふと、お姉さんがまじまじと俺に視線を向けていることに気づいた。
…否、俺にではなく、膝の上に置かれているものを見つめているのに気が付いた。
「そちらは、ペットの子ですか?」
「え?あぁ、はい。家族です」
「能力の通り、猫ちゃんがお好きなんですねっ!」
「あはは、そうっすね」と愛想笑いをした。
美容院とかでもそうだが、俺はこの手の場の雑談が苦手なのだった。
我ながら適当な返しをしたものだが、お姉さんは笑みを崩しながら言葉を続けた。
「もしダンジョンへお連れするのであれば、しっかりと猫ちゃんの装備を整えたり、目の届く範囲に居てあげたりしてくださいね。動物は人間よりも頑丈ではありますけど、やはり危険なことは危険なので」
思わぬ注意喚起を受けて、俺は資料を眺める手を止めて、顔を上げた。
うん、確かに言う通りだろうな。
もし俺が…【具現者】になる前の俺が、死ねるくらいの攻撃を受けたとしても、たぶんコテツはかすり傷くらいに収まる。
しかしだからといって放逐できるほど、ダンジョンというのは生易しいものではないだろう。
「…肝に、銘じます」
噛みしめるようにそう言いながら、俺は深々と頷いた。
それを見てお姉さんは、「はい!」とまた明るい笑顔を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます