第14話 どうやら俺は猫吸いすると最強になれるらしい?!


 無数の眼を持つお姉さんはそのすべてを真っ白にして気絶し。


 ほとんど全裸なマッチョは肉体美もむなしく、間抜けな姿で気絶し。


 スーツを着たロボットは右腕が取れて配線が露出し、人間ではないことを証明しながら気絶し。


 あれほど毒舌だったポメラニアンはキモカワという感じに白目とベロを露わにして気絶していた。


 この場に立っていたのは、俺だけ。

 ギルドマスターも気絶はしていなかったが、体勢を崩して尻もちをついていた。



 ……何これ。

 何が起きたのか全然わからない。


 いきなり突風が吹き荒れ、目を開いたらこの光景なのだ。


 まさか、「気づいたら手が付けられないほど暴れてた」なんて中二病の妄想みたいなことを現実化してしまったわけではあるまいし…。


 なんなんだこれは。


「…コテツ、なんか知ってるか?」


「ゴロゴロゴロ」


 その中でも平然としている、今抱えている愛猫に呼びかけてみるが、相変わらず不機嫌な様子だった。

 「知らねーよ」とでも言いたげな顔である。


 …ごめんねぇ。


「………ごい」


「え?」


 そんなふうに現状に戸惑っていると、未だ地面に手を突いているギルドマスターが何かを呟いた。しかし上手く聞き取れず、失礼にも聞き返してしまう。


 だが、そんなのはお構いなしというか、まったく耳に入っていないという様子で、彼女は言葉を続けるのだった。



「すごいすごいすごいっ!!魔渡くん、君凄いよッ!!」


 

「…ほえ?」


 目をきらきらと、顔を紅潮とさせた興奮状態で、彼女は俺の手を強く握った。

 あまりの突然のことに、そして先ほどまでの何事にも動じない雰囲気とのギャップに、俺は間抜けな声が出てしまう。


「今の、君がやったんだろう?!凄いッ!!すごい力だ……っ!!」

「あの、えと、ちょ。ちょっと……」


 興奮した様子で俺は言葉を遮ることもせず、ぶんぶんと俺の手を振りながらギルドマスターはまくし立てるように喋り続ける。


「いや~、まさかこんな力を持ってたとはね。うん、本当に凄いよ。これは……もしかしたらもしかするかもしれないなぁ」


 うんうん、と一人で何かを納得したように彼女は頷いていた。

 こんなに置いてけぼりにされるのもなかなかないだろう。


 俺はポカンと口を開けたまま、妙に嬉々としているギルドマスターに手を握られ続けていた。


「あ、あぁごめん。僕ばっかり盛り上がっちゃって」


 申し訳なさそうに、そして恥ずかしそうに頬をかきながら彼女は笑った。

 

「いや、別に良いですけど……僕は【具現者】だったってことで良いんですかね…?」


「うん!オールオッケーだよそりゃあ!」


 俺が恐る恐る尋ねてみると、ギルドマスターは大きくサムズアップして、まだ興奮冷めやらぬ口調で言った。


 …探索者の長にそう言わしめるのだから、俺の能力はけっこう凄い部類に入るのだろうか。

 そう言われてもなんだかピンとこないし、彼女があまりにはしゃぐものだから、逆に俺は冷静でいてしまっていた。

 なんだか喜びを取られたみたいだな。


「具体的に…僕の能力はどんなものなんですかね」


「ん?…そうだなぁ。一度、試してみようか」


 そう言って彼女は、先ほど苦戦したカプセルを俺に手渡してきた。

 

「今なら、軽々と開けられるんじゃないかな」


 そんなに変わるものなのかと疑問に思いながらも、カプセルを受け取り、開けてみようとする。

 さきほどは全力でやっても開かなかったものなので、反省というか、さらに力を込める所存でカプセルを回す。


 …と、


「うおっ!?」


 勢い余って…というか余り過ぎて、ガシャァンッ!!という音を立ててカプセルは俺の手のひらと手のひらの隙間に収まってしまった。


 潰れて、ひしゃげてしまったのだ。


「す、すいませ───」


「なんと、なんとっ…!!ダンジョン鉱物で作られた最硬の素材なのに…こんないとも容易く破壊してしまうなんてっ!」


 我ながら逆に冷静だなと思うが慌てて出てくる謝罪の言葉を、ギルドマスターは加熱された興奮で遮った。


 このカプセル、ダンジョン産のやつなんだ…。


 ダンジョンから生まれる素材やものというのは、人智をはるかに超える品質、耐久なんかを誇っており、ものによれば数億円にも上る値打ちをもつらしい。

 そんなものを壊してしまっては…と心配になってくるが、しかしそれはギルドマスターの早口にかき消されていく。


「じゃあじゃあ、腕力は?!腕力を見せてくれよ!正拳突きしてみてさぁ!」

「は、はぁ…」


 言われるがままに俺は拳を握り、なんの型もフォームもないまま、思い切り前へ突き出した。



────グオォッ!!!


 

 途端、巻き起こるのは、螺旋を描いて前方へと延びていく風圧の渦。


 強風に俺の髪は思いっきり吹き上げてオールバックになり、ギルドマスターは腕を前にやって視界を確保するような体勢になっていた。

 そのへんに寝ていた面接官はごろごろと二転三転と転がってしまう。



「…えぇ」


 …これが、俺の力…なのか?

 正直実感が湧いてこなさ過ぎて、他人事みたいに強大さにドン引きしてしまう。


「すごい…凄いっ!!体術は、体術はどうなんだいっ?!」


「た、体術?」


「そう!以前発動したときは、それも完璧だったんだろう?」


 ずいっとギルドマスターに詰め寄ってくるが…、体術って経験とか学習が物を言うんじゃないのか…?

 身体能力が怪物級になったとて、そういった経験の部分はド素人もいいところなので、へにゃへにゃ徒手空拳にしかならないと思うが……。


 ………でも確かに、不良を成敗した時はなんでもできた気がする。




「ハッ」

「やァッ!!」

「トラッ!!」


「おぉ、おおおぉ!!」


 脳内にイメージした、漫画か何かのワンシーンを思い浮かべて体を動かしてみると、ギルドマスターはまたも感嘆の息を漏らした。


 できちゃったのだ。


 まさにいつかやったオールスター系格闘ゲームの動きのごとく、俺の体は動いたのだった。


「まさか体術も達人級になるなんて…、これは、他のことも完璧に熟せるのかもしれないぞぉっ!!」


 いやいやそんな大げさな…といつもなら言いたくなるところだが、しかし今の感覚からして、イメージしたことは全部できてしまいそうである。

 流石に火を吹くとか人間の域を超えている部分は無理だろうけど、肉体ひとつでできる技術や力は全て網羅できそうな感じだ。


 …あれ、もしかして俺の能力…最強すぎッ?!?!


「は、はは。なんでもできちゃうのかもしれません」


「いや、本当だよッ!下手な身体能力向上の【具現者】よりもよっぽど万能さ!」


「え、えへへ。へへへへ」


 あまりに手放しに褒められるものだから、ようやくというか、遅れて歓喜と高揚感がやってきた。

 だらしなく口角が上がってしまい、口調もちょっと気持ち悪くなってしまうが、自制はできない。しろ、という方が酷というものだ。


「もしかしたら、こんなこともできちゃうんですか…ねッ!」


 そう言いながら、俺は床を蹴る。


 視界が目まぐるしく動き、空気が俺の顔に襲い掛かってくるが、しかしそんなものでは動じないほどに俺の身体能力は上がっていた。


 ちょうどよく加速したところで、もう一度蹴り上げる。

 今度は、上に向かってステップを踏む感じに。


 脳内に浮かべるのは、三段ジャンプとバック宙。

 あまりにテンションが上がってしまい、アクションゲームで出てくるようなこの動作を、やってみたくなったのだ。


 そしてそのイメージ通りに、軽やかに俺の体は弾む。

 たんっ、たんっという2ステップですでに床からは数メートルも距離を作ることができるほどだった。


「いち、に……さんっ!」


 一気に床を蹴り上げる。

 体を後ろにそらすと、流線のごとくしなやかに体は反った。


 そして、そのまま空中で一回転し、華やかに着地しようとした。


 そのとき。



「え?」



 不意に、体が鈍重に感じられた。

 なん十トンものおもりを一遍にぶら下げられたみたいに。

 

「おわああああッ!?」


 空中に浮かぶように舞っていた俺の体は一瞬だけ硬直すると、すぐに床へと墜落した。

 どしんっというただならぬ音を立てながら。




 …俺の能力には時間制限があるらしい、と悟るには少々遅かったのだった。


 

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