第13話 厳つい方々の前で猫吸いすることになった件

「ギルドマスターガ来訪スル予定ハゴザイマセンデシタガ」


「ギ、ギルマスがどうしてこんなとこにッ?!」


「う~ん、まぁちょっと管理局の方に急用があってね。それでついでに、未来の仕事仲間でもいないかと覗いてみたんだ」


 驚き目を剥く(ロボットは目をチカチカさせているけど)マッチョマンたち。


 正直言って、置いてけぼり感は否めなかった。

 もちろん、ギルドマスターなる者のことは知っている。


 この世界の各地に存在する異界迷宮ダンジョン……その中に飛び込んで調査をしたり、金品財宝を回収してきたりする探索者シーカー


 今の現代に大きな恩恵をもたらし、一般人から憧れの眼差しを向けられるそんな職業の者たちを統括するのが、このギルドマスターという存在だ。


 探索者協会ギルドのトップであり、下手な企業の社長、会長なんかよりもずっと多くの富を築いている…なんて噂をテレビかなんかで聞いたことがある。

 まぁシーカーは今をときめく職業だし、不思議ではないのだが、イマイチよくはわからない。



 そういう浅い知識しかないので、俺は面接官たちのように面白いリアクションを取ることができないでいた。

 どころか、認定審査に部外者が乱入してきて良いのかよ、と怪訝な感情に包まれていた。


 それが許されるくらいに権力がある…ということの証左でもあるのかもしれないが。



「しかしギルドマスター。残念ですが、未来の仕事仲間…というのは今日は見つかりそうにありませんよ」


 ポメラニアンが刺々した可愛らしい声を出しながら、テチテチとでも効果音が鳴りそうな足取りで、中性的なそのギルドマスターに近づいていった。

 

「御覧の通り、なんの才もない者が来てしまいましたのでね」


「うぐぅ……っ」


 そんなに言います?! 

 貴方、本当に公務員なんですかぁっ!?


 とでも言いたくなるが、しかし図星は図星なので、グサグサと刺さるその言葉を受け止めるしかない。

 俺が同じ立場でも、たぶん同じようなことを言っていただろうし。



 そう、甘んじて受け止めながら、歯を食いしばっていると。


「…う~ん。僕は、あんまりそうは思わないかなぁ」


 なんとものんびりとした口調で、ギルドマスターなる人物はそう言った。

 思いがけない言葉に俺も、面接官の人達も意外そうな顔をする。


「む、どういうことですか」


「そのまんまの意味だよ。僕はこの男の子がなんの能力も持たないとは、あんまり思わない」


 顎に指を当て、代表して問うたマッチョマンに答える。


 それが面白くなかったのか、ポメラニアンは怪訝な顔をして、腰に手を当てながら口を開いた。


「お言葉ですが、ギルドマスター。彼は【具現者】ならば誰でも開けられるカプセルを開けることができなかったのですよ?体術に関しても聞いていたモノとは全く異なるへなちょこっぷり。どこに能力があるというのでしょうか」

 

 相も変わらず、否定を前面に押し出し、グサグサ刺すような言い草。

 しかしギルドマスターは何の気にも留めていない様子。


「う~ん、なんとなく。今まで【具現者】の人達と四六時中過ごしてたから、なんか波長みたいなものを感じるんだよね。勘っていうのかなぁ」


 ポリポリと頬を掻き、あっけらかんとした態度で彼…彼女?は言った。


 熟練の勘というヤツ…か?

 まぁたしかに、シーカーたちのてっぺんに立つ人なのだから、【具現者】であるかそうでないかの区別がつくと言われても不思議ではない。


「それにさ、ちょっとそのカプセル貸して……。…ほら、見てよ」


 目がいっぱいお姉さんから、先ほど俺が全霊をかけて回したカプセルを受け取り、ポメラニアンにずいっと見せる。


「もともと、上部と下部の黒い線が一直線になるようになっているでしょ?でも、これは少しだけだけどもズレてるよね。ということはさ、やっぱり開けることはできる力は備わっているんだよね」


 たしかに、少しだけ上と下の黒線がズレていた。

 よく見なきゃわからないくらいのズレだ。


 …これくらいなら、まぁあるだろ…というような顔を、ポメラニアンは露わにする。


「あはは、自分でも理由弱いなって思うけど。でももう一回くらい考え直してもいいんじゃないかな。若い芽を早々に摘むのは勿体ないよ」


 その様子を見て、ギルドマスターはアハハと能天気に笑って見せた。

 俺にとっては渡りに船みたいな感じだが、面接官の人達にとってはあんまりそうは思われて無さそうだな…。


 若い芽というか、こいつはただの雑草だろ…


 ポメラニアンあたりは、そんな刺々しいことを想って居そうである。



「えーっと、魔渡くん、だよね」


 そんなどうでもいいことが頭によぎったところで、ギルドマスターは俺の名前を呼んだ。


「あ、はい…。どうも」

「うん。力を発動できる条件、何かわかる?」

「やっぱり……【猫吸い】…くらいしか思い当たらないですね」


 俺と同じくらいの背丈ゆえに、全てを見透かすような真っ白い瞳が、ちょうど俺の視線とぶつかる。

 思わず目を逸らしそうになるが、堪えて負けじと目の前の相手を見つめ返した。

 

「ふふふ、そっかそっか」


 穏やかに笑みを浮かべ、ギルドマスターはくるりと翻って俺に背を向ける。

 そして、チラリと振り返ったのちに。



「じゃ、今ここでしてみよっか。猫吸い」



「……へ?」


 なんだかすごいことを言い出した。



***

 




 拝啓。お母様。

 お元気ですか。


 俺は今、面接官、そしてギルドマスターさんに見られながら、愛猫を抱っこしています。

 猫吸いをしろと言われて、その様子を注意深く観察されようとしています。



 …改めて言うと、どういう状況なんだこれは。


 背中を突き刺す視線はすごい痛いし、なんなら今持ち上げているわが愛猫…コテツからの視線も結構痛い。


 まぁそれは、ケージの中で長旅をしたと思ったら、いきなり引っ張り出されてきたのだからそうもなってしまうだろう。

 ものすごいぶすーっとした表情を浮かべているが、ちゅーるを上げたら機嫌を治してくれるだろうか…。


「すまん…もうちょっとだけ我慢してくれ…」

「ゴロゴロゴロ」


 喉が雷みたいに鳴っている。

 顔を埋めた瞬間に顔面を切り裂かれないよう祈るばかりである。


「では…行きます…」


 誰に言うでもなく、僕はコテツに鼻を押し付けた。


 スーッと深呼吸をして、コテツの匂いというものを肺の中に充填する。

 お日様と生物の暖かな香りが体を突き抜け、なんとも言えぬ高揚感とリラックス間に包まれる。


 厳つい方々の前で猫吸いするという暴挙に出ているというのに、おかげでだいぶ緊張が和らいだ。


 一通り堪能した後に、そっと顔を離す。



 …どうだろう。

 これで能力は発動できたのだろうか。

 あまり実感はわかないが…。


「すいません、これで猫吸い…ぃ、ぃ」


 ふいに、鼻がむずむずとくすぐったくなった。

 もしかしたらコテツの毛なんかが入ってきてしまったのかもしれない


 前触れをたっぷりと取る様に、ぃ…ぃ、と小さく声を漏らして…そして瞬間。



「エクショイッッッッ!!!!」





 瞬間、この場を支配したのは、破裂するような爆音と、竜巻のごとき突風であった。

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