第12話 圧迫面接



 荷物やコテツの入ったケージの方は、一度預かってもらうこととなった。

 さすがにペット同伴で審査を受けるわけにはいかないしな…。


 そういうわけで始まるのは、能力についての五者面談。


 俺は指定されたパイプ椅子に腰を据えながらピシリと背筋を伸ばし、目の前に並んで座る、管理局の皆様方と対峙する。


 たった4人だけなのだが、何百人にも昇る人数から見つめられているようなくらいの緊張感に襲われた。

 

 …まぁ、その理由は彼らが強烈な威圧感を放っているから…というよりか、あの無数の眼玉を持つ女性がおおかたの原因なのだろうけど。


「それでは、具現者認定の審査を始めさせていただきますね」


 ギョロギョロとばらばらに各眼球を動かしながら、彼女は審査の始まりを告げた。


 ちょっとギョッとしてしまったけど、なんとかテンポ遅れずに「宜しくお願いします」とあいさつすることができた。


「ではまず、本人確認のためお名前と生年月日、お住まいの地域を教えてください」

「はい、名前は…魔渡まわたりナツキと申します。生年月日は2月日、現在は竜ヶ崎市に住んでおります」


 俺はハキハキと腹から声を出して答えた。

 こうやると、高校受験の時の面接を思い出すな…なんてボヤっと思い浮かぶが、小さく頭を振って目の前のことに集中する。


 目がいっぱいのお姉さんは、3つくらいの眼を、俺が渡した資料が置かれている机上に向けた。

 すごい悍ましいけど、すごい便利だな、それ。


「…ありがとうございます。それでは、貴方が発現した能力について教えてください」

「はい、えぇっと…」


 さっそく本題だ。


 この時のために、あらかじめ俺の能力について考察してきた。 

 残念ながらあれ以来発動はしていないのだが、考えてみると結構能力の全貌が見えてきたような気がする。


「私の能力は…おそらく、条件下で身体能力を上昇させるものだと思われます。具体的な事例なのですが────」


 俺は、昨日の出来事について思い出しながら、順々に起きたことを語った。


 【具現者】である犯罪者3人にボコボコされたが、力が発動して逆にボコボコにしたこと。

 反撃されても物ともせずに相手を投げ飛ばすことができたこと。

 拳を振りぬいただけで突風が巻き起こったこと。


 そして、力の発動以前と以後で、怪我が治ったということ。


 わき腹をバキバキに蹴り倒されたというのに、今ピンピンしている通り、まったくの支障をきたしていない。

 一応病院には掛かったのだが、レントゲンを撮ってもなんら異常のないホネホネが映るだけだった。


 総じて俺の能力は、


「このようなことから、私の能力はある条件で身体能力を向上させ…かつ、肉体を活性化させるようなものだと思われます」


 推測の域は出ないがそう結論付けた。


 話を終えると、ほぼ全裸なムキムキマッチョマンが嬉しそうにうなずいていた。

 …いや別に、筋肉がバキバキになるというわけではないんだがな。

 何か期待されているのだったらなんだか申し訳ない。


「…なるほど。その条件はわからない、ということですか?」

「あ…はい、そうですね。発動条件については不明のままで…」


 そう答えると、みなの顔が少し難しくなる。

 …いや、そらぁそうだよなぁ。


 【具現者】認定するには能力を見るのが一番手っ取り早い。 

 その能力がわからないのだから結構めんどくさい話なのだ。


「……デハ、早速デモンストレーションを行イマスカ」


 沈黙の果てに、スーツを纏うロボットが提案した。

 瞑目して腕を組んでいた者たちも、それもそうだな、とうなずいて見せる。


「それでは、少し移動しましょうか」


 目玉のお姉さんが、続いてそう言った。



 …能力の使い方、まだわからないのに大丈夫かしら…。



***



 入室した時にも思ったが、この部屋はとても広い。

 もはや部屋というよりか、神様がまだ設定を組んでいないまっさらな世界…とでも言った方が適切なのではないかと思うほどだ。


 そういうわけで、4、5分歩いてみると、部屋の扉からはだいぶ遠ざかっていた。

 これ、迷子になったら大変そうだな。方向もわからなくなるし。


「ここらで、見てみようか」


 先導するマッスルがそう言って歩みを止めた。

 お姉さんがそれを受けて、最後尾を歩く俺に振り返る。


「魔渡さんは、【具現者】にはもとより一般人をも超える力を持つことご存じですよね?」

「え、えぇ。常人の世界記録でさえ軽々と越えられるくらいには凄い…と聞いてますが」


 それは常日頃から、山口や美巴を通して痛感していることだ。

 一度でも腕っぷしで勝ったことはない。


「その力の差を利用して検証してみましょう。…この、カプセルを開いてみてください」


 そう言って渡されたのは、金属でできた背丈の低い円柱状のカプセルだった。

 とくに何か装飾がされているわけではなく、ただ部分部分が色あせているだけの武骨なモノだ。

 

「こちらのカプセルは常人では到底開けることはできませんが、【具現者】であるならば軽々と開くようになっているものです」


 …なるほど。


 つまり、これを開けられたら【具現者】かもね、ということなのか。

 ならばいっちょやってみようか。


「フンッッッ!!」


 大きく力みながら、カプセルを回してみる。

 ありったけの力を込めて、ぐるりと回ることをイメージして……


 結果、全くもってビクともしない。


「フンッッ!!」


 反対方向なのかと疑ってもういちど力んでみるが、結果は変わらない。

 というか悪化してるようだった。


「…不良たちを薙ぎ倒したという体術を…見せてもらっても?」


 面接官の皆様方の表情に難色が映る中、マッチョマンがそう聞いてきた。

 

 たしかにアイツらを薙ぎ倒したとき、自分の体が自分ではないかのように体がするすると動いた。

 あれを再現したら…まだ可能性は。



「てやっ!」

「そやっ!」


 突き、蹴り。

 へにょっという擬音が良く似合う、風切り音すらしない動作。


「……」


 これを見て、4人の【具現者】は一斉に沈黙してしまった。

 突き刺すような彼らの視線が、無慈悲に俺の方を向いている。


「今のところは、【具現者】の兆候は見られませんね」


「体術も特筆するべきところはないようだ。というか、悪い方に特筆しているというか」


 ぎょろぎょろと目を動かすお姉さんと、腕を組んでう~んとうなるマッチョ。

 …いや、全く反論の余地のない感想ぅ…というか事実ぅ。


 居たたまれなくなって、俺は肩をキューっと狭めた。


「…条件下デ発動スルノデスナラ、ソノ時ノ状況を再現スレバ良イノデハ?」


 そんな中、ロボットが助け舟を出すように言ってくれた。


 たしかに!

 条件下でのみ【具現者】として覚醒するモノも…あり得なくはないよなっ?!


 不良を成敗した時のシチュエーションを再現すれば、能力も復活するかも……



「ソレデハ、一度ワキ腹ヲ何度モ蹴ッテミマショウカ」



 …いや、凄い無慈悲…!

 たしかに、めちゃくちゃ蹴られたけども…っ。

 そのあとに力が覚醒したわけだけども…っ。


 もしそれが条件じゃなかったらただ痛いだけじゃねぇか!



「…何か条件となり得そうなものに心当たりはありますか?」


「えぇっと…そうですね…」


 さすがにお姉さんもそれは危惧したようで、俺にそう尋ねてくれた。


 …うぅん。

 あの時、どんな状況だったんだっけか。


 たしか、丸まっていて…コテツを守るためにうずくまっていたんだ。

 それで…痛みを我慢できるよう目いっぱいに息を吸って…そしたらコテツの匂いが肺の中いっぱいに広がって…。


 鮮明に覚えているのはそこくらいだが…


 あ、もしかして



「【猫吸い】…ですかね…」


 

 思い当たったことを、俺は素直に口に出した。

 確かに、コテツの匂いを嗅いだ時に元気が湧いてきたような気がした。

 あれはきっと、精神面だけでなく肉体的に強くなっていたのだろう。


 そうわずかな確信をしたが、周囲はもちろんそんなわけはない。


「…」


 何を言ってるんだコイツは、というような顔でみな俺を見ていた。


「キミ、ふざけているのかい?」


 マッチョマンが苦言を呈する。

 ほとんど裸みたいな人間にこんなことを言われたら、もはや反論することはできない。


 いたたまれず、俺はさらに体を小さくした。


「はぁ~~~~」


 そんな中、ひとりだけ沈黙していたものがついに口を開く。


「もう何やっても意味ないでしょ、これ」


 なんとも可愛らしい、マスコットキャラクターのような声色でいて、かなり刺々しい口調でポメラニアンはそう言った。


「だってさぁ、カプセル空いてないんだぜ?その時点で却下だし、体術も下の下。条件の心当たりで何を言うかと思えば、猫畜生を嗅ぐ行為…意味わからないでしょォ」


 はぁ…と呆れのような苛立ちのような感情を滲ませる白色の獣人。

 凄く嫌味っぽいけど、言ってることはごもっともである。


「たまにいるんだよねぇ。ちょっとヒーローっぽいことやって自分が【具現者】で凄い能力を持ってるんだって勘違いする人」


「うっ…」


 まさに自分というようなことを言われて、俺はさらに体を縮こまらせた。

 …そんなことまで言わなくてもぉ!と思ったけど、残念なことに抗議する元気は刈り取られてしまっていた。


 確かに…もしかしたらあれはたまたまだったのかもしれない…。

 不良も実は大したことなかっただけなのかもしれない…。

 あの角とかも全部作り物で…というかあの時間は全て夢だったのかもしれない…。


 と、グルグルと思考が目を回す。

 なんだかすべてが疑問に思われるようになってしまった。



 …そんな中。




「そのへんにしておいてあげなよ」



 後方に、なんともあっけらかんとした口調の声が聞こえてきた。

 この場の全員が、一斉に後ろを振り向く。



「あ、アナタは…っ?!」


 先にその声の主を捉えて驚きの声を上げたのは、やはり無数の眼球をもつお姉さんであった。

 そして驚き冷めぬまま、彼女は言葉を続ける。


「ギ、?!?!」


「やっ」


 驚愕の色を見せる一同に対し、またもお気楽な笑顔を見せる…そんな女性とも男性ともいえる容姿の人物が、後ろにはいた。

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