第9話 命の恩人?!


「いや…何が起きた…?」


 そんなことを呟いてみるが…、いやわかっている。

 別に無自覚系を気取りたいわけではない。

 全部俺がやったんだろう?


 しかしその事実が実に驚くべきことすぎる。

 

 あたりには先ほどの男ふたりが重なってぶっ倒れており、前方を見ればクレーターのできた壁を背後にリーダー格がぐったりと項垂れている。


 これ全部、俺がやったことなのか…?


 直近の出来事なので忘れているわけがないが、しかし自分の記憶をつい疑ってしまう。


 火事場の馬鹿力…というには、あまりにも馬鹿力すぎないだろうか。

 というか普段どこにそんな力が隠されているというのだろう。


「…マジかよ…、いや、マジか…」


 手をぐーぱーさせてみるが、これといって超人的なパワーを感じるわけではない。

 とにかくなんとかしなければと無我夢中になったからこその…今の光景なのか。


 …まったく、自分でもよくわからない。

 夢と言われても信じてしまえそうだ。


「んなぁ」


 足元でゴロゴロとした鳴き声が。

 視線を落としてみると、そこには先ほど俺を奮起させてくれた愛猫の姿があった。


「コテツ…。これ全部俺がやったのか…?」


「ニャ?」


 そう問いかけてみても、コテツは当たり前だけど答えてはくれない。

 ただ「はぁ?」みたいな顔をしてこちらを見上げるばかりだった。


 このぉ、お前が飛び出したからこうなったみたいな部分もあるのに。

 だがまぁ、結果的にはオーライだったけどさ。


 そんなことを考えながら少しばかり呆然としていた。


 しかし幾許かの空白のあと、すぐに思い改めて、


「あっ…、だ、大丈夫ですか?!」


 慌てて先ほど…文字通り食べられそうになっていた少女の方へと駆け寄った。


 彼女も彼女で何が起きたのかわからないという風に呆然としている。


 まぁ彼女の場合は本当にそうだろうし、無理はないだろう。

 どんな経緯でこうなったのかはわからないけど…命の危機に瀕したと思ったらいきなり謎の人物が乱入したわけなのだから。


 とりあえず、ワイシャツのボタンが外れてはだけてしまっているので、羽織ってきたパーカーをかけてやった。


「っ!え、あっ。そのっ」


 そうすると、ようやく我に返ったのか彼女は慌てるような仕草を見せ、言葉を探し始めた。


「えぇっと…大丈夫、慌てないで!その、怪しい者じゃないからっ!」

 

 焦りが伝播して、俺はいかにも怪しい人間の台詞を吐いてしまう。 

 それで余計に焦りが加速した。


 こういうとき、どういうことを話せばいいのか…どういう言葉をかけるべきなのかという術を、俺は持ち合わせていなかったようだ。

 持ち合わせている奴の方が少ないとは思うけど。


「…助けて、くださったんですよね…?」


 情けなくテンパっていると、彼女が恐る恐るに聞いてきた。


 怪しい輩に襲われた矢先、また謎の人物が現れたのだから警戒してもおかしくはないだろう。


 助けた代わりにあんなことやこんなこともしてもらうぜ…という愚かな人間もこの世界にはいるからな。

 まぁ俺は今のところフィクションでしか遭遇したことないけれど。


「あぁ…まぁ、そうなるかな」


 頬を掻きながら、助けた人なのか…という問いに対して曖昧な返事をした。


 結果的にはそうなのだが…正直、助けに入ろうと決心して飛び込んできたわけではなかった。


 あそこでコテツが飛び出ていなかったら、こんな事態にはなっていないだろう。

 そして都合よく火事場の馬鹿力が発動していなかったら、今頃男と俺の立場は逆になっていたことだろうし。


 まぁそういうわけだから、自身をもって彼女の言葉に頷くことはできなかった。


 しかし彼女はそれでも


「うぅ…ありがとうございます…っ。貴方は命の恩人ですっ…!」


 両目から大粒の涙をこぼし、声をフルフルと震わせた。

 唐突な少女の涙に、俺はギョッとしてしまう。


「?!、ちょっ、ちょっと落ち着いて…?その───」


 俺は慌ててそう言うが、しかし彼女の決壊したダムはそう易々と止まることはなかった。

 年齢的には俺と大差はないだろうが、まるで子供のようにポロポロと雫を地面に滲ませた。


 どうしたらいいのかわからなくなってしまうが……でも、しばらくはこうさせておいた方がいいのかもな。


 さっきまで、言いえぬ恐怖に襲われていたわけだ。

 助かったという安堵で感情が爆発してしまったのだろう。

 これで泣くなと言う方が難しい。


 俺は何か言葉をかけるのはやめて、無言で彼女の隣に座り、背中を摩ってやった


「す…すいません。命の恩人ともあろう方に、大変な失礼を…」


「いやぁ恩人だなんて、大げさな…。それに失礼なんかじゃないよ、君が無事みたいで良かった」


 そう言うと、落ち着こうとしていた彼女はまた涙した。

 ここはもう少し、そっとしてやった方がいいかもな…。


 ゆっくりと立ち上がり、スマホを開く。

 機械的な明かりに路地が照らされる中、俺は警察や救急といったところの連絡をかけた。


 …そういえば、昨日といい警察のお世話になってばかりだな…と、最近の奇妙な事々に俺は苦笑していた。

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