第7話 やっばい現場にエンカウント


「ちょっ…、コテツ、速いっ!!」


 鈴の鳴る方へと全力疾走するのだが、一向に追いつける気配はない。

 

 いつもはぐでーっと寝ているけど…さすが猫様といったところか、動きが俊敏で軽快だ。

 人間ごとき、軽くまいてしまうスピードである。

 それが俺みたいなカリンチョリンな体型の奴ならなおさらのことだ。


 時には建物を合間を縫うように、時には大胆に道路を横断するように、コテツはどこかへ導かれるように走っていく。


 …くそう。

 これでコテツに何かあったら、俺は飼い主失格だ。

 外に行きたがってるからって、命の危険を晒すなんて真似をしてしまったのだから。


「コテツーっ!」


 周りのことを顧みず、俺は叫んだ。


 もし事故に遭いでもしたら…。

 もしそのせいで帰らぬ猫になってしまったら…。


 そんな不安で満たされると、いろいろと考慮している余裕はなかった。


 

 ……鈴の音が止まる。


 チリンチリンとコテツの足取りを示していた音が、ぱたりとなくなってしまった。

 ぞくりと背中が粟立つ。


 …もしかして、何かあったんじゃ。


 バクバクと跳ね上がる心臓を手で押さえながら、音の方向を頼りに歩みを進めていく。

 どうか無事でいてくれ、と神にでも縋るような思いでいっぱいになりながら。



 そして、曲がり角を曲がったところで、俺は心底安堵する。


「コテツ…、良かったぁ…」


 そこには、ちょこんと大人しく座っているコテツの姿があった。

 先ほどまで躍動していたのが嘘みたいにじっとしている。


「…もう、心配させるなよぉ」


 荒れた呼吸混じりにそう言いながら、俺はコテツに駆け寄った。

 …だが、コテツはこちらに顔を向けることすらなく、ただただじっと座っている。


「コテツ?」


 その違和感に気が付き、俺はコテツの視線の先を目で追った。

 建物と建物のあいだの路地裏の方へ。


 視界にその光景が映ったとき、俺は言葉を失うことになった。


「ちょっ、や…、やめてッ!」


「ピーピーうるせぇな。ちょっとは黙れねぇのかよ」



 そこには、大柄な三人の男に囲まれた…制服の少女の姿があった。

 

 顔は暗がりでよく見えないけれど、しかし見ずともわかる。

 あれは他人をなんとも思っていないような人間の顔だ。


 その証拠に、彼らは恐れおののく少女の体を舐めるように見ており、そしてみだりにべたべたと触れている。


 どこからどうみても事件の現場だ。

 法の下に取り沙汰されるべき案件である。


(な、なにが起きてるんだ…)


 …しかし俺は、その場で固まってしまった。

 あまりの衝撃で呼吸すら忘れてしまうくらいであった。


「すぐ終わるからねぇ。静かにしててねぇ」

 

「い……いやッ!!」


「おい、お前ちゃんと抑えてろよ。……ったく、手間かけさせやがって」


 猫撫で声を出す男が、少女の服に手をかける。

 おそらくリーダー格であろう男が命令すると、もうひとりの奴はもがく少女の身体を地面に押さえつけた。


 もごもごと籠った彼女の悲鳴が、余計に悲痛さに拍車をかける。


(いや、ヤバいだろっ?!け、警察…?いや間に合わないしっ…)


 刻々と取り返しのつかないことになろうとしている現場を目の前にして、思考がざわついた。


 助けようとここを飛び出す勇気はなかった。

 あったとしても、それは被害者をひとり増やすだけのことになろう。


 だって、アイツらが少女を組み伏せる時、ちらりと見えてしまったのだ。


 あの不良共は────。




───シャリン。


「ニャ゛ァ゛!」


 俺が口を押さえて汗を垂らしている間に、軽やかな鈴の音と、あまりに闘争心がむき出しになった獣の声が聞こえてきた。


(コテツ?!?!)


 そんな獣、この場に一匹しかいない。

 コテツが路地裏へ飛び入って、全身の毛を逆立てながら果敢に男たちへ威嚇していたのである。


 ぞっと血の気が引く。


 そんなことをしたら、そんなことをしたらッ!


「あ?野良猫?」

「でも鈴つけてるぞ、コイツ」 


 派手な登場をしただけあって、不良たちの意識がコテツに向けられる。

 俺に向けられているわけでもないのに冷や汗が止まらなくなるくらいなのだから、コテツはさぞ恐怖に晒されていることだろう。

 

 …しかし、彼女は一切臆せず、威嚇を緩めない。


「ってか一丁前に威嚇しやがって。舐めてんのか?」


 三人の中のリーダーの、苛立ったような声が近づいてくる。

 コテツに迫っているのだ。


「チッ。飼われた生温い家畜のくせに、人間様に楯突いてんじゃねぇ…ヨッ」


 猫に対してあまりの罵詈雑言を浴びせかける。

 語尾を…、変に高くさせながら。


 そこで俺は察した。


 このままでは、俺はとてつもない後悔に苦しめられるに違いない。


 そう確信した時、俺の体は勝手に動いていた。


「コテツっ!」


 勢いよく地面を蹴り、毛を逆立てる愛猫を抱えて地面を転がる。

 その跡地を、ブオンッというおよそ引き起こせないような音を出しながら何かが通過した。


 空気が切り裂かれて控えめな風が巻き起こる。


 俺は転がる勢いが余って、建物の壁に大きく激突した。


「うぐッ」


 肺の空気が押し出される。

 しかし、自分でもよくできたなと思うが、腕の中にいるコテツだけは傷つけまいと体を捻ったおかげで、おおよそわが愛猫は無事な様子だった。


「…なんだ、お前」


 ギラついた視線と、羽虫程度なら殺せてしまいそうな低い声が俺を貫く。

 背中が嫌な感覚で粟立ち、呼吸が緊張で浅くなる。


「…乱暴は、いけないと、思うぞ」


 精一杯にガンを飛ばし、震えを極限まで抑えたつもりなのに、目の前の男のひと睨みで俺はガクついてしまう。


「は?ちっさくて聞こえねー。何いってんの?」


 デッカい図体をこちらに寄越してくる。

 そのせいで、ちょうど月明かりの下となり、男の顔面がはっきりと見えた。


(…うわ、)


 額から伸びる、ねじ曲がったような


 こいつは、【具現者フィクショナー】だ。

 

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