第6話 元野良猫と散歩に出かけます
「ただいまぁ」
放課後になって早々、俺は我が家に帰宅する。
めちゃくちゃになったあの部屋ではない。
大家さんと相談して、別の部屋へと移転させてもらったのだ。
彼女も自分の財産が吹っ飛ばされて大変だろうに、ありがたいことである。
そういうわけで、無事だったモノや家具なんかを諸々移動させてきたのだが、学校があったので整理できていない。
部屋のど真ん中に物が鎮座している状態なので、いちからルームメイキングしなければいけないのだ。
業者呼ぶほど金はないしお隣さんも忙しそうだし……そんなだから早く帰宅して済ませてしまおうと思ったのである。
「ニャぁ」
のんびりとした鳴き声が俺を迎えた。
「アァっ!コテツ!!ただいまあぁ!!」
視界に愛すべき猫様が映った瞬間、俺はこれでもかというほどに甲高い声を上げてしまった。
一緒に暮らし始めてまだ数カ月も経っていないというのに、条件反射でこうなってしまう体にされてしまった。
おのれコテツめ。
恐るべし猫パワー。
「うぅ…でもごめん。今日はちょっと忙しく構ってあげられないよ」
いつもなら抱き着いてキスでもお見舞いしていたところだが、今日は無理だ。
この移転してきたものたちを片付けなければ。
文字通り苦渋の決断で、俺はコテツに触れるのを我慢する。
一度触ってしまったら快楽地獄に落ちてしまいそうだ。
…でもちょっとだけ。
「…いやいや、駄目だ。ごめんけどコテツは大人しく待っててね」
「んにゃぁ?」
俺の脳みそを支配しようとしている邪念を振り払う。
呑気に喉を鳴らすコテツを抱きかかえ、部屋の端っこに移動させてやった。
…危うく片付けが終わらなくなるところだったぜ。
パンっと頬を叩いて心を改めながら、作業に取り掛かった。
***
「ふぅ。ひとまずはこんなもんかな」
ぶっ続けで作業することしばらく、ようやくひと段落がついた。
さっきまでの無秩序にものが置かれた状態ではない、人の住まう空間へと様変わりした。
これでなんとか快適に夜を明かすことができそうである。
集中してやり続けていると、気づけば外ではお月様が上っていた。
5時くらいに帰ってきて始めたわけだから…、2~3時間はかかったのだろうか。
「あ、夕飯の準備してねぇや」
あたりが夜の様相になっていることで、ふとそれに思い当たった。
今日に限って、インスタントで作れる食品を切らしてしまっている。
何か作ろうにも冷蔵庫はスッカラカンだし、何より気力がない。
「コンビニでなんか買うかなぁ」
あまりコンビニ食はしないけど、まぁ今日はいいか。
1回くらいで危うくなるほど経済状況が悪いというわけでもないし。
とりあえず、コテツの分のごはんはあるからそれだけあげていこうかな。
そんなことを考えながら、わが愛猫の方へ視線を向ける。
…しかし、見当違いだったのか、そこにコテツの姿はない。
慌てて部屋をぐるりと見回してみると、ようやく白黒の姿が映った。
窓際で丸まって、じっと外の風景を見つめている。
まだらなしっぽをパタパタとさせながら、じっと真剣に。
「コテツ?」
呼びかけてみるが、相変わらず返事なんかはない。
だが今回はいつもの気怠そうな感じというよりかは、何かに夢中と言う方が正しいような気がした。
俺も彼女の隣に立って窓の向こうを見る。
なんてことはない、住宅街の風景が見えるだけだ。
…しかし、コテツにとってはそうではないのだろう。
「もしかして、外に出たいのか?」
俺がそう言うと、まるで理解したかのようにコテツはこちらを上目づかいでみた。
その仕草にどきゅんと胸が高鳴ってしまうが…、俺の言うことを肯定しているということなのだろう。
確かに、コテツは元々捨て猫だったわけで、毎日自由に歩き回って過ごしていたのだ。
この部屋でじっとしているだけでは満たされない欲求というのもあるのだろう。
「そうだよなぁ。お前、前まで結構やんちゃ野良猫だったもんな」
そっと頭をひと撫でしてやると、コテツはすくりと立ち上がり、「お、行くのか?やんのか?」とでも言いたげに尻尾をぶんぶんと振った。
「じゃあ、行くか。散歩」
「ニャッ」
抱きかかえて俺がそう言うと、コテツは牙を見せつけながら鳴いて見せた。
***
夜はそこまで更けていない。
まだ8時過ぎてないくらいだからな。
俺とコテツはひとまず、近所のコンビニまで向かうことにしたのだが、途中でペットと入店できないじゃん!ということに気が付き、結局辺りをぶらぶらと歩くことになった。
といっても、コテツは別に歩くというわけではない。
俺に抱えられながら、のんびりと外の空気を浴びているだけだった。
…いや、いいんだけど…そこは自分で歩かんかいっ!
まぁハーネスとかないからあまり自由に歩かれても困るんだけども。
とりあえず鈴だけつけといてあるが、コテツなら器用に外せてしまうのではないかと思う。
「久しぶりのお外はどうだぁ、コテツ」
かつて野良猫時代によく見かけていたスポットを訪れてみたが、コテツは何か反応を示すでもなく、ただ俺の腕の中でじっとしていた。
もしかして嫌だったのではなんて思ったが、しかしちょくちょく尻尾を振ったりわくわくする素振りを見せたりしていたので、嫌だというわけでもないと思う。
…久しぶりの外に、ちょっとびびってたりすんのかな。
まぁ、見つけた時はズタボロだったもんな…。
出会った時のことを思い出して、コテツに同情するような気持が呼び起こされた。
そんな折に。
「や、やめてッ!!」
怒りと恐怖が入り混じったような、そんな悲鳴じみた声が響いた。
…なんだ?
声質的には若い女性っぽいが…、何かあったのだろうか。
いや、こんなにも切実で悲鳴な叫び…何かない方がおかしい。
だが一瞬であり突然のことであったので、声の主がどこにいるのかわからない。
いったいどこに────
「っ!?コ、コテツ?!!」
するりと、俺の腕の中にいた愛猫が抜け出し、夜道を駆けていく。
猫。
夜道。
リード無し。
…交通事故、行方不明、拉致誘拐。
冗談じゃないワードが脳裏に浮かびあがり、サーっと血の気が引く感覚に襲われる。
俺はすぐにチリンチリンと鳴る鈴の音を追っていった。
自分の迂闊さを呪い、コテツの無事を祈りながら。
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