第5話 猫吸いした次の日、部屋が壊滅していた
何度見ても、上にはお天道さまがこっちを見てるし、壁はぶっこわれて隣の家の壁とこんにちはできてしまう。
「いやいやいや…、いやいやいやいや…っ」
なんだこれは、何が起きてるんだ…っ?!
昨夜までは普通だったはずだ…、天井と壁のある部屋でコテツとぬくぬくしていたところまでは記憶がある。
じゃあ昨晩中でこんなことになったってことなんだけど…この数時間で何が起こったっていうんだよ…!?
「ってか、コテツは?!」
昨日のことを思い出して思い至るが、コテツの姿がない。
一緒の布団で体を温め合っていたというのに、近くに姿が見えない。
もしかして…連れ去られたっ?!
こんな派手なことをやられているんだ、部屋もぐっちゃぐちゃだし、盗品もあることだろう。
その中に、コテツも…っ。
「コテツーっ!!どこだ、コテツーっ!!!」
瓦礫を漁り、散乱物をかき分け、愛猫の名前を叫ぶ。
返事はない。
涙が出そうだ。本当にコテツは……
「にゃぁ~ご」
そんな俺に、一筋の光が差すかのように、あの呑気そうな鳴き声が聞こえてくる。
「コテツっ?!」
あたりを見回すが…やっぱり姿はない。
幻聴?
まさか。
俺の耳が、鼓膜がコテツの声を判別できないわけがない。
「んにゃぁ」
何きょろきょろしてんだよ、ここだここ。と言わんばかりにもう一鳴きが聞こえてきた。
今度こそは位置を特定できる。
キャットタワーのてっぺんに視線を送ると、そこには愛すべき白に黒のまだら模様が入ったモフモフが、相も変わらずの表情を浮かべて丸まっていた。
「コテツぅ…。無事だったんだなぁっ!!」
ボロボロと泣き崩れながら撫でようとすると、コテツはぷいっとそれを避けた。
そしてタワーから軽い身のこなしで飛び下り、倒れた椅子の背もたれに着地して、もう一度丸まった。
この部屋の惨状なんかなんでもないかのように、呆気らかんとしたあくびをして。
……うちの子猫は、ちょっと図太いのかもしれない。
***
「朝起きたら部屋がぐちゃぐちゃになって天井も壁もズタボロになってて、警察と大家さんから事情徴収を受けてたら遅刻しちゃった…だぁ?」
今朝の出来事を打ち明けると、蛇の目の山口は心底呆れたように舌をチロチロとしながら、俺の言ったことを反復した。
「お前、ジョークならもっとマシなヤツにしろよ」
「いやマシっていうか、マジなんだってっ。写真も残ってるからな?」
あまりの惨状で逆に冷静になったから、スマホの写真に残してある。
昨日可愛い猫を見せて、今日はぐちゃぐちゃになった私室を見せるという、かなりの急転直下ぶりではあるが。
「…これ拾い画じゃねーの?」
「そんな用意周到なことしねーっての。信じたかないけど、本当にめちゃくちゃになってたんだ…」
チロチロと舌を出しながら写真を見る山口。
未だ訝し気ではあるものの多少は信じてくれたようで、スマホをこちらに返した。
「それはなんか、ドンマイってヤツだな。泥棒でも入ったんか?」
「…いや、私物についてはなんも取られてなかった…と思う。警察がいうには【
「あー、なんかこの前もフィクショナーの事件あったしな。夜中にJKが脅されたっていう」
「マジで?…ぴちぴちJKの次は一般DKが標的か…」
納得いったように山口はフィクショナーによる事件について話す。
その情報については俺は知らなかったけど、事実として【具現者】による犯罪はままある。
何か腕力を上げる能力でなくても、彼らは身体能力が常軌を逸しているからな。
銃火器や刃物でもなければ、一般人は抵抗できない。
無論、その分刑罰は重くなる…らしいけど。
それはさておいて、まさか俺がそんな物騒な事件に巻き込まれるとは思わなかった。
人生何があるかわかったもんじゃないな…。
「なんか恨み買うようなことでもしたんでねーの?」
「馬鹿言えよ。俺ほど人畜無害な人間、どこにもいないね」
「お前はただヒョロガリなだけだろ」
チロチロと舌を出し入れしながら俺をなじる山口。
なにを、と頭を叩いてみるが、依然とケロッとした顔である。
爬虫類なのに。
まぁ【具現者】は根本的に肉体が頑強だからな…。
決して俺が非力なわけではない…はずだ。
「ま、そういうことなら夜道には気を付けておけよ。気づいたら背中メッタ刺しかもしれねーからな」
「…そうしとくわ」
素性もしれぬ部屋を荒らした【具現者】の存在におびえながら、俺は素直にうなずいておいた。
気を付けたとしても何もできないだろうけどな。
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