第4話 鮮烈な猫吸いデビュー


 コテツは元々野良猫だった。

 近所でよく彷徨うろついている猫で、通学の時に目の保養にしていた思い出がある。


 その時は拾って飼おうなんて思ったことなかったけど、しかしある日の雨の日、コテツは全身を血だらけにした重傷で、アパートの駐車場にうずくまっていた。


 誰かが置いていったのか、餌だったり傘だったりが周りにあったけれど、しかし肝心の怪我を治そうだとか保護しようだとか行動する人はいなかった。


 俺は発見後、すぐに近所の動物病院に駆け込み、飼い主もいないだろうということで自分で飼うことを決めた。

 通院やワクチン、害虫駆除など費用は馬鹿にならなかったが、しかしコテツのためなら安いものだ。


 

「おいで、コテツ!」


 腕を広げ、依然とてっぺんにいる愛猫の名を呼ぶ。

 雄雌がはっきりする前に名付けてしまい、それがコテツの中で定着してしまったので、今もこうして『コテツ』と呼んでいる。

 

 だが反応してくれるかは別で、呼んでも無視ということが多い。

 今だって、じとーっとこっちを見るだけで飛び込んでくる気配はない。


 …う~ん。

 昨日みたいに餌やおもちゃで釣れば寄ってきてくれるかもしれないけど、それはなんか違うんだよなぁ。


 野良猫で警戒心が強く、もともと気分屋だからか、未だ俺にくっついてきたりすることはない。

 有識者によれば心開いてくれるのは根気らしいので仕方ないんだけど…やっぱりちょっと寂しい。


「…駄目かぁ。ま、コテツが気を許してくれるまで頑張るから、これからもよろしくな?」


 反応という反応がないまま、俺は寝る準備をする。

 夜にはしゃいで、今日みたいに怒られたり引っ掻かれたりするのは勘弁だからな。

 俺は同じ轍は二度踏まないのである。


 そうして、さぁ寝ようか、となったときに。


「ニャ~ォ」


「……!?!コテツ!?!?」



 俺の布団に、わが愛猫が入り込んできた。

 相も変わらずメンドクサそうな表情だが、ごろんと俺のふとんで寝転んでいるではないか!?


「ま、まさかお前……いっしょに寝てくれるのか?」


「んニャぁ」


 そうだが…?と当たり前のように鳴いて見せるコテツだが…、今までそんな素振りを見せたこと一度もないのにっ!!


 もしかして、コテツの方から心を開いてくれたのか…っ?!


 刺激しないよう、そ~っと俺も布団に入るが、逃げる様子は全くない。

 どころか、寝そべる俺に対してぴっとりと体を寄せてきた。


「コテツ…、お前ぇ…!!」


 なんだか感涙しそうである。

 これまで、こういうスキンシップあんまりなかったからな…。


 撫でようとすれば引っ掻かれ、抱っこしようとすれば引っ掻かれ、機嫌が悪い時にも引っ掻かれ、機嫌が良くても引っ掻かれた。


 しかし今は、向こうから歩み寄ってきてくれている。

 それだけで俺は感動していた。


「……はッ!」


 腹をだらしなく見せつけるコテツを見て、俺の脳内に電流が走る。

 もしやこれ、例のアレができるのではないか…? 


 猫好きなら誰でも手を染め、その快楽で止めれなくなる人が続出しているというあの【猫吸い】が…っ。


 今までやろうとしたことはあったが、いずれも猫たちの反逆で未遂に終わった。

 しかし今なら、それも可能だったりしちゃったりするんじゃないか…?!


 

 震える手で、コテツをそっと抱き寄せる。

 モフモフとした感触が手のひらを包み、生物としての温かさが伝わってくる。

 逃げる素振りはない。


「し、失礼…します…よぉ?」


 恐る恐るというふうに、コテツの腹に顔を埋める。

 そして、思いっきり深呼吸っっ!!


 瞬間、香るお日様の匂い。

 脳内を幸福で満たす、少しだけ甘い生物の匂い。


「ぉぉ、ぉおぉぉおっ………」


 なんて形容すればいいんだ、この感覚は…!

 グラマラス?エレガンス?

 なんだかとにかく、幸せな気分でいっぱいだ…。


 それに胸の奥の方がぽかぽかして、なんていうか、全能感みたいのを感じる…。

 今なら勉強も運動も部活も恋愛も上手くいきそうだ。後ろ二つは下地すらないので上手くいくも何もないが。


「これが…猫吸い…っ」


 そりゃあ、みんな病みつきになるよな。こんな感覚になれるなら。

 一回吸っただけの俺でさえ、もう止められなくなっている。

 下手な薬物よりも危険だぜコレは。


「す~~~っ、はぁ……」


 そうしてしばらく【猫吸い】を堪能しているうちに、俺は眠りの境地に意識を落としていた。



***



 ぱっちりと目が覚める。

 示しを合わせるかのように、同時に携帯のアラームが鳴り響いた。


 起き上がり、伸びをして固まった体をほぐす。


 実に清々しい気分だ。

 これほどまでに目覚めの良いのは久しぶりである。

 これも、猫吸いのおかげなのだろうか。


 なんだかお日様もいつもより明るく感じられる。

 ほら、空を見上げれば青い空、そして燦々と照る太陽がある!


 今日は良い一日になりそうだなぁ。




「……いや、は?」


 間抜けな芯のない声を洩らしてしまう。


 輝く太陽の光が俺を照らし、暖かなそよ風が俺の頬を撫でる。

 


 …いや、なんだこれ。


 なんで部屋の壁と天井が吹っ飛んでんの?

 

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