第2話 #な傷




「ははっ、悪かったって!」


「どの口が言ってんだよッ」


 ギリギリと歯を食いしばる俺を見て、より一層に破顔する山口。

 今すぐ殴り掛かってやりたいが、到底俺では敵わない。

 それをわかってやっているのだろうから、たぶんこいつは悪魔だ。

 

「まあまあ、寝てるお前も悪いんだしさ」

「知ってたなら起こしてくれよ…」

「いや~、あんまり気持ちよさそうにしてるもんだから気が引けて」


 チロチロと舌を出し入れしながら、爬虫類のような目を細める山口。

 習性だからしかたないんだけど、これがまた憎たらしい…。


 まぁ、今の様子を見ればわかることだが、

 山口は【具現者フィクショナー】である。


 蛇の能力と性質をもっており、こうして憎い顔をするのもそれが理由…ってわけでもなく、山口の元来の性格であろう。


「ってか、お前が居眠りなんて珍しいよな。なんかあったのか?」

「…お、聞いちゃうかそれ?」


 山口の指摘に、俺はニヒルに笑みを浮かべる。

 もったいぶった様子に怪訝な表情の山口。


 そんな彼を横目にスマホの画面を叩き、勢いよく見せつけた。


「実は俺、最近猫飼い始めたんだよっ!!」


 

 パキパキに割れた画面には、ぶすっとした表情の愛すべき飼い猫の姿が映っていた。


「へ~、猫か」


 興味深そうにまじまじと画面を見る山口。

 若干獲物を狙う蛇の眼にも見えなくはないが、これはコイツのいつもの癖である。


「そう!いや~これがマジでかわいくてさぁ。どの角度どの瞬間から切り取っても天使なわけ。あ、名前はコテツっていうんだけどさ、メスだけどね。この名前呼んだらそ~にこっち向くの!撫でようとすると手ぇきてマジでもうさ────」


「お、おう……。そうか」


 思わず舌がフル回転する俺に対し、山口は思わず舌の出し入れを止める。


 いっつものらりくらりと生意気なコイツがこんな表情をするのは、なかなか珍しい。

 俺の狂おしいほどの熱意が伝わったようだなッ!


「で、昨日も夜まで遊んでたら、このザマになったってわけ」

「いや、何時まで遊んでんだよ。猫馬鹿か」


 呆れる様に笑っているが、しかし仕方がないのだ。


 あれを目の当たりにしたらきっと誰でもそうなる。

 うちの天使の周りは時間の進みが他と違うのである。


「…でも、お前が猫好きだったなんて意外だな」

「ん、そうか?」


 一通り語り終えると、しみじみという風に山口は言った。


 そうかな、と俺は首を傾げる。

 まぁ今まで猫好きアピールなんてしたことないからかもしれないけど…、でも猫嫌いアピールもしたことはない。


「いや、だってよ。お前毎日アイツと喧嘩してるじゃん」

「喧嘩…?、あぁ…」

 

 一瞬察しがつかなかったが、すぐに思い至る。

 憎たらしいアイツの顔と共に


「アイツはうちの猫コテツと全然ちげぇよ。でけーしだしすぐし…、あんなバイオレンス女を猫とは認めないね」


「全然違う…?、いや、うん、まあそうか…」

 

 首をひねってみせた山口だが、いったいどこに疑問を持つ余地があろうか。


 あの女は、コテツのような天使ではない。

 むしろ俺からすれば悪魔みたいな奴である。


「へぇ、ナツキはそう思ってるんだ」


「そうそう、あいつなんて───うん?」


 頭上から降ってきた声に頷きそうになるが、すぐに疑問符が浮かぶ。

 噛みついてくるような口調と、良く通る芯のある声。


 あれ、それって。


「ギャっ!?」


 思考が到達する前に、鋭い痛みが俺の顔面を切り裂いた。

 コテツの引っ掻きとは比べ物にならない、ヒリつくような痛み。


「悪かったわね、生意気ですぐ引っ掻いてっ!」


 涙で半分埋められた視界には、アイツのキツい目つきをした顔が映っていた。


美巴みどもえ…、居たのかよ」


 顔面全体が痛いが、かといって触っても痛いので、行方のなくなった手をワキワキする。

 そんな状態で、俺は彼女の…いわゆる幼馴染の名前を呼んだ。


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