UNO!6

「はーい、いいですかー。先生、大事なお話するので、みなさん席についてくださーい」

 担任の夏川先生が黒板の前に立ってそう呼びかけたのは、お昼ご飯の片づけが終わって、全員が教室に集まっていたときだ。そのとき給食当番だった小康も、自分の三角巾とエプロンを袋にしまっている最中だった。

 クラスの全員が席に着くと先生はいった。

「このあと、和也君が五時間目から登校します。ですが、和也君は体調が万全、というわけではありません。なので、みなさんはあまり和也君を刺激するようなことをしないようにしましょう。いいですね?」

 みんなは和也に起こったことを知らない。

 だが、小康には、和也の体調がなぜよくないのか、の見当がついていた。

 和也の家は小康の家からそんなに遠くない、小学生の脚で歩いて十分ほどの場所にある中古のアパートだ。ある日、おつかいの帰りに遠回りをして家に帰っていたとき、普段は静かなそのアパートが、いつになく騒がしかった。行き交う人の服装と和也が学校に来なくなったタイミングからも、だれかが亡くなったのだ、と気づくのは、そんなに難しいことではなかった。葬式は遠くの会場でしているようだった。だれが亡くなったのかまではわからなかったが、おそらく和也にとって、とても大切な人なのだろうと思った。和也はここ一か月ずっと学校に来ていない。だから、相当気持ちのダメージも大きいはずだ、と子どもながらに小康は思っていた。

 小康が和也と同じクラスになったのは、小学五年生のときが初めてだ。和也と小康は知り合い程度で、学校の社会科の調べもので同じ班になったときや、クラスで席が近くなったときに、好きなユーチューバーや昨日見たアニメの話をするぐらいだった。

 

 それから中学・高校と、小康は和也と同じ学校に通った。中学にあがってからは、和也は人が変わったように学校に来るようになった。中学に上がるタイミングで学校に来られなくなることは『中一ギャップ』ともいって、めずらしいことではない、と特集が組まれていた夜のニュース番組を見て、小康は知っていた。そこを頑張って来ることが、どんなに大変なことか、小康は胸の内で和也のことを心配だけでなく尊敬もしていた。ただ、和也は、人が変わったようだった。小学校のころは比較的クラスの中でも快活で陽キャなほうだった和也が、中学にあがると別人のように静かな生徒になった。あまりの変貌へんぼうぶりを心配したクラスメイトが和也に話しかけようとするのだが、和也は、そんなクラスメイトをまともに相手にしなかった。結果、次第にみんな和也を避けるようになっていった。唯一、他県から転校してきた真だけは、根気強く和也に話しかけているようだった。

 

 ある日、小康が高校二年生になってから数か月ぐらいが経ったころ、放課後に学校の図書館で調べものをしていたときのことだ。

「……おい……おい、小康」

 小康が顔を上げると、反対の書棚の隙間から真が顔をのぞかせていた。

「小康、このあと時間あるか?」

 真は小声でいった。

 小康は手に抱えた本を落とさないようにしながら、別にいいけど、と承諾した。

 二人は図書館を出て、だれもいない体育館裏へ移動した。

 途中、大量の本をリュックに抱えた小康は、一体どこまで行くのか、と思わずいきり立ったが、真は、だれかに聞かれちゃマズイから、と小康の怒りをたやすく制した。

 初夏の体育館裏は雑草が生い茂っていて、外の暑さから考えても、とても話し合いに向いた場所ではない、と小康は思った。小康のひたいから汗が噴き出た。

 ようやく立ち止まった真は、額の汗をズボンから無造作にはみ出したシャツの裾でぬぐった。それからあたりにだれもいないことを確認していった。


「端的にいう。和也を、俺の親友を一緒に救ってくれないか」

 いつになく、真剣な眼差しで真はいった。

「和也って、A組の大石だろ?」

 真はうなずいた。

「小康、小学・中学で和也と同じクラスだったことあるだろ? この学校で他に和也とそこまでつながりあるやつ、いないからさ。お前にしか頼めないんだ」

 小康は真がやればいいじゃんか、といったが、真は頭をふった。

「ダメなんだ、それじゃ。俺がやったら、和也すぐに気づくんだよ。俺、隠したりするの苦手だから。すでにプランは考えてるんだ。だから、このとおりだ」

 真は頭を下げたまま身体の前で合唱した。頼む、というポーズだ。

 小康はリュックを降ろしていった。

「大石のために、人肌脱げばいいってことだろ? わかったよ。で、どうするの」

 真は顔を上げてニヤリ、とした。

「文化祭のUNO大会を使って、和也を救う。今の『大石』を昔の『和也』に戻すための計画だ」



 場のカードは上代の出した、緑のドロー2だ。

 小康の手札は、赤2・5、黄3・8・スキップ、青2・6、ドロー4だ。

 次に出すのは、ドロー4になる。だが、その前に小康はいった。

「大石、僕のこと避けてるよね?」

 そういったとき、大石の表情が少しこわばった。

「大石に何があったのかは知ってるよ。でも、だからってさ」独りでいることはないだろ?

 小康はドロー4を出して、『赤』を宣言した。

 その後、大石が自分のドロー4にチャレンジをした。

 それからしばらくUNOを続けていて思った。

 大石を、いや、和也を、救いたい、と。

 和也がUNOをする様子を見ていて、小康は、和也は勘繰かんぐりが過ぎる、と感じていた。だが、本当の和也は、こんなんじゃない。

 明日は集団下校なのに通常下校だとクラスメイトから、コロっと騙されても次の日には何事もなかったように明るく接してくれたり、昼の弁当が必要なときに給食だと嘘をつかれても、それをいとも簡単に信じて、腹を鳴らしながらそれを許してくれる、それが和也だった。

 和也に何があったのか、詳しいことまではわからない、だけど……


 ――和也の悲しみを、和也だけのものになんて、しないでくれよ。

 和也が笑っているときはいっしょに笑い、悲しんでいるときはいっしょに悲しむ、そのために僕たちがいるんだろ?

 悲しみだけ独り占めなんて、しないでくれよ。



 和也はその後、手札が十七枚に増え、何ターンか重ねてから、上代がこのゲームで初めて『白いワイルド』を切った。

 如月は山札から引いたカード、赤9をそのまま出した。小康は赤2を出した。

 残りは二枚、赤5と黄8だ。


 上代さんが『白いワイルド』を切ったときの話から、上代さんの想いはよくわかった。きっと彼女も自分なりのを背負ってこの場に立っているのだろう。だが、僕もそう、やすやすと負けるわけにはいかない、と小康は思う。

 和也を救うためにも、このゲームは負けられない。

 次のターンで数字の赤か黄がまわってくれば、UNO! つまり……あと、一枚!!


 だが、次のターンで、小康にとって思いがけぬことが起こった。

 和也が十三枚の手札から、『白いワイルド』を切ったのだ。

 それは和也にとっては逆転になり得たが、小康にとっては敗北の危機だった。

 

 







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