UNO!5

 この世の中は、はっきりしている。ようは勝つか、負けるかだ。

 小学校のお受験、中学受験、塾の模試、ピアノのコンクール、水泳の段位、全てが競争で順位をつけられる。それが最もわかりやすく可視的に人の能力を差別化できるからだ。

 そして、順位をつけるとき、そこに情はいらない。情とは極めて測定困難かつ外部からの影響で変動しやすい要素だからだ。

 私は今まで、感情を廃して一人で勉強や習い事に努めてきた。それが最も効率的で計画通りに物事を進められるのだ。

 私の中でなにかが変わったのは、中学受験を経て地元の進学校に入学してからだった。

 それまで万事順調だった私の人生はもろくも崩れ去った。

 同級生には、私以上の学力を持ちながら、クラスメイトと仲良くたわむれるものが大勢いた。一人ですべてをこなしてきた私にとって、それは大きな衝撃だった。

 誰かを頼るという感覚を知らない私は、周囲からどんどん孤立し、また独りになった。

 勉強にも身が入らなくなり、高校入学時に外部受験をしたが、受かったのは地元の二流公立高校だけだった。

 

 高校入学後は、勉強はそれほど難しくなかったので大して勉強をしなくとも点数は取ることができた。そんな中、クラスで一人だけ気になる生徒がいた。教室の掃除が終わった放課後、掃除当番だったその子はまだ教室にいた。

 掃除が終わってからしばらくするまで、私は何度も近くのトイレと階段のあたりをうろうろしていた。でも今しかない、と思い私は他にだれもいないタイミングを見計らって声をかけた。

「あなた、大石和也君、よね?」

 おぉそうだけど、と大石君はいった。

「少し、聞きたいんだけど、いいかしら」

 大石君の顔からは戸惑いの念がもれ出ていたが、彼は、うなずいた。

「大石君、友だちはいるの?」

「……まぁ、一応」

 大石君は頭を掻いた。

「突然、ごめんなさい、でも普段はどうしても聞けなくて。もう一つだけ。もし、なにか目指すものがあったとしたら、大石君はどうやったらその目標のために頑張れる?」

 石像のように大石君は固まってしまった。

 私はまずいことを聞いてしまった、と後悔した。

 でも、しばしの沈黙の後、大石君はいった。

「あんまり頑張ったことないからよくわかんないけど、きっと他の誰かのことを思い出すかな。ここにいる、いない、は置いておくとしても。俺、自分のためにはあんまり頑張れないから。誰かのためだったら、やってやるか、って思えるかな……俺だったら、の話だけど」

 私は、今の大石君の言葉を反芻はんすうしてから、礼をいって足早に教室を後にした。


 外靴に履き替えてからコートのえりを正した。冬の到来を予感させる秋風が、刺すように冷たかった。早歩きでバス停に向かう途中で、私は思った。

 ……似ているようで、違うのだ。

 いつもクラスで一人寡黙に座っていた彼は、だれにも頼ることのない自分と同じような存在だと思っていた。けれど、そうではなかった。

 彼にとっては『自分のため』ではなく『他の誰かのため』が原動力だった。

 普通のことなのかもしれない。それでも、それは私にはない感情だった。……いや、感じようとしていなかっただけだ。

 本当は私にもいた。けれど、それに気づいていないふりをすることで気持ちを押し殺していた。想いを共有したいと思える相手が、確かにいた。

 そして、それを果たすチャンスが、間もなくやってくることになる。



「……この場を借りて、いわせてください。私はずっと、嘘をついていました。自分の気持ちに嘘をついていました。それに気づけたのは、ここにいる大石君のおかげです。私にはずっと密かに好意を寄せてくれている人がいます。それは今も変わっていないと、私は信じています。もし、この勝負に勝ったら、その人に私の想いを伝えたいと思います」

 場内は、どよめいていた。告白か……? とささやく声が、逆光で暗闇になった客席から聞こえてくる。

「長くなってしまい、ごめんなさい。代わりに効果は『特になし』、で結構です。ご清聴ありがとうございました」

 どうしてもこの想いは伝えたい、伝えなければならない。

 この機会を逃したら、永遠にになる気がした。

 廊下ですれ違うときや遠くに座っているときも、高校一年の時に同じクラスだったときも、塾や小学校で同じ教室にいたときも、私を密かに気にかけてくれていた人がいた。

 その人に今までのぶんの、『ごめんね』と『ありがとう』を伝えたい。

 他の三人には勝手な私情で申し訳ないけれど、私は勝ちたい。

 私は『赤』を宣言した。これで、六回目のUNO!

 残りの手札は、赤1。

 優勝まで……あと、一枚!!






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