UNO!4

「おっと、本大会で初めてドロー4が出ました! ここで村井選手はチャレンジを選択できます」

 このままいけば、勝てる、と如月は思った。上代さんの瞳は相変わらずもやがかかったように判然としない様子だ。


 初めて上代さんの瞳にもやがかかったように見えたのは、高校で同じクラスになったときだ。

 小学生のころから、いつも私の上には上代さんがいた。 

 小学三年のときに中学受験を決意してから、如月は地元の進学塾に通い出した。

 そこで初めて出会ったのが上代美羽、上代さんだった。

 塾で行われる確認テストや統一模試では上代さんがいつも一番で、私はよくても上から二十番台がやっとだった。

 小学六年になって受験シーズンが始まってから、上代さんの目つきが変わった。

 受験直前ともなれば、気持ちが硬くなるのは普通のことだけれど、上代さんのそれは、単なるこわばり、というよりも、鬼が宿ったような硬さだった。

 結局、私は受験に落ち、地元の中学に入学した。

 上代さんが第一志望の私立中学に受かったと知ったのは、私が中学に入学して間もなくのことだ。

 中学三年になって、私は中学受験のときと同じ過ちをくり返すまい、と習い事の習字をめて趣味のダンスも犠牲にして一日七時間は勉強した。そうしてなんとか第二志望の公立高校に合格できた。地元では大したことのない難易度の高校だったけれど、私にとっては十分の成功体験だった。

 登校初日、玄関前に張り出されたクラス発表の掲示紙を見て、驚いた。

 私の名前の三つ上に上代さんがいたのだ。

 同性同名かとも思ったけれど、やはりあの上代さんだった。

 入学式が終わってから私は上代さんに声をかけようとした。けれど、そこにいたのは、私の記憶の中で生きていた、小学生のころの凜とした上代さんではなかった。

 瞳は靄がかかったように判然とせず、肩の力も抜けた、抜け殻のような姿の上代さんが、そこにはいた。それはもはや〈上代美羽〉ではなかった。

 確かに、上代さんの学力だったら(小学生のころまでしかわからないけれど)もっと上の高校に入れたはずだ。

 彼女に何があったのかはわからない、でも、と私は思う。


 ――多分彼女はずっと独りだったのではないか。

 塾でも、小学五・六年で同じクラスになったときも、上代さんが誰かとおしゃべりをしているところを私は見たことがない。

 一度だけ、いつもより早めに塾に着いたので勉強しようと、授業机には向かわずに自習室へ入ったことがある。そのとき、だれよりも先に自習室に来ていたのが上代さんだった。彼女は独り、黙々と机に向かっていた。

 

 独りで闘う彼女の力になりたい、彼女と触れ合う機会を見つけたい、そんな気持ちを抱いたまま、気づけば一年半が過ぎようとしていた。

 高校二年、ある日のホームルームのことだ。

「……はい、先生からの連絡は以上です。最後に文化委員からお知らせがあります」

 担任が告げるとクラスの生徒が席を立ち、いった。

「文化委員会です。今年の夏、文化祭でクラス対抗のUNO大会を行うことになりました。このクラスからも一人、代表の出場者を決めなければなりません。クラスは二年限定です。募集は再来月さらいげつの八日までなので、興味のあるかたは、ぜひご参加ください。募集用紙は前の黒板に貼っておきます。以上です」

 最初は出場する気など、まったくなかった。けれど募集用紙に上代さんの名前があるのを見て、気が変わった。

 たかが文化祭の企画一つに出たくらいで、距離が縮まるとは思っていない。それでも学年で唯一の幼馴染で(向こうが、どう思っているのかはわからないけれど)、多くの挫折した経験を持つ私にしかできないことがあるような気がした。

 靄を払うために、私が彼女のになれる気がした。



 そして、当日。

  

 私は初めて「UNO!」を宣言した。

「ふん、別にそんなんじゃないよ」

 村井さんの言葉を聞いて思った。

 そう、きっとこの大会にわざわざ出る人たちには、なにかの目的がある。上代さんにもなにかの目的がある。私の目的は上代さんの力になること、上代さんに私の想いを伝えること……それなのに……。

「上代選手が、UNO! を宣言しました……緑ドロー2で如月選手、二枚ドローです……如月選手、残り一枚で一枚ドロー……大石選手と上代選手のドロー2で、如月選手四枚ドロー……上代選手、二回目のUNO! ……」 

 想えば、想うほど、UNO! から離れていく。優勝から離れていく。私の焦りと緊張が、カードに伝わる。……あと、一枚!! 何度もUNO! が空振りする。上代さんが、遠のいていく……。


 大石さんが大量ドローをするころ、私の手札は三枚、上代さんは一枚だった。

 次のターン、村井さんは黄スキップを出し、UNO!宣言をした上代さんは一枚ドローして、そのカード、黄5をそのまま場に出した。黄5から大石さんが黄リバース、上代さんがまた引いた一枚をそのまま場に出す。今度は緑リバースだ。

 負けじと大石さんが青リバースを出し、手札を十五枚に減らした。

 上代さんは一枚引き、引いたを再度そのまま場に出した。五度目のUNO! だった。

 ようやくターンがまわってきた私は、青1を出して残り二枚とした。

 私は自分の焦りを鎮めようとした。ここで焦ってはいけない。上代さんのためにも、まずは自分が落ち着くんだ。

 次に村井さんは青7を出し、大石さんが、上代さんは山札から引いた一枚をそのまま出した。白いワイルドカード、この大会で初めて見たカードだ。効果は……。 

「白いワイルドカードが出ました! 上代選手、次に場に出す色と効果を指定してください」

 そうだった、カードの効果も上代さんが決めるのだ。全員が同意すれば、そのルールが適用される。私は上代さんの指定を待っていた。


 上代さんの額には汗一つなかった。

 上代さんはおもむろに顔を上げると、いった。

「効果の前に一つ、この場を借りて、いわせてください。私はずっと、嘘をついていました……」

 

 

 

 

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る