第7話尊南アルカイナの逆襲①

「いやあ~皆さん、どうも遅くなりまして」


ゆみが尊南アルカイナに到着したのは、羽毛田の電話から二時間が経ってからの事だった。


「お前は一体何を考えてんだあぁ~!」


顔を見るなり怒鳴り声を上げる羽毛田の顔の前に、ゆみはすかさず名古屋で買ったお土産を差し出した。


「ん、何だこれは?」

「名古屋でも有名な手羽先のお店で買って来ました。と思って」

「わあ美味そう~。さすがゆみちゃん気が利くわね」

「いやあ、丁度、小腹が空いてた所なんだよな~」


ゆみの機転で、場の雰囲気は一変した。これがネゴシエーターであるゆみの才能の一つとも言える。


「さぁ皆さん、夜は長いんですから、手羽先でもつまみながら愉しくやりましょう」


羽毛田は、怒るタイミングをすっかり逸してしまった。


「クソッ……メイ!ビール持って来い!」

「わかりましたにゃあ、ボス」


眉間に皺を寄せながら、手羽先に手を伸ばす羽毛田。この手羽先がまた美味いものだから、なんとも腹立たしいのだった。



♢♢♢




さて、役者は揃った。ここからが本番である。


「それで……今回の緊急招集は一体何なの?」


セイの質問に、羽毛田はこれまでのいきさつを、この五人の精鋭達に最初から語って聞かせた。


「つまり……って訳ですか……」


楽しみにしていた三連休を今回の事でフイにされたサトが、恨めしそうに呟いた。


「何か文句があるってのか?この発毛剤には、が懸かってるんだぞ!」

「俺だって、2ヶ月ぶりの三連休が懸かってるんです!」


睨み合うボスの羽毛田と狙撃手のサトの二人の視線が、バチバチと火花を散らした。


「発毛剤だっ!」

「三連休だっ!」


それぞれの言い分を譲らず、しばらく睨み合っていた二人だが、羽毛田が腰のホルダーから手榴弾を取り出すと、サトがライフルを構えた。


「ちょっと!こんな所で銃撃戦始めないように!!」


危なく事務所が戦場と化す所を、シンが慌てて間に入って、二人を宥めすかした。


「ところで、結局犯人は取り逃がしちゃったのよね……という事は、犯人の居場所探しからやらないといけない訳?」


1日~2日でケリをつけなければならないセイが、心配そうに尋ねた。手掛かりが何も無い今の状態から、犯人を探すのは容易な事ではない。セイが心配するのも無理のない事だ。しかし、羽毛田は余裕の表情で煙草の煙をくゆらせながら言った。


「その心配は無い。犯人の居場所は、既に把握済みだ」


そう言って、指をパチンと鳴らすと、部下の黒崎が先程まで観ていたTVモニターを、関東地図が映し出された画面へと切り替えた。その地図画面の横浜埠頭辺りには、ゆっくりとした周期で赤い光が点滅しているのが確認出来る。


「犯人が持っているあの札束の中には、あらかじめ超小型発信機を仕掛けておいた……どこに居ようが、こっちにはお見通しって訳だ」


この発信機は警察ではなく羽毛田が独自に仕掛けたものだった。だからこそ羽毛田は、みすみす一億円を犯人に奪わせた。すっかり出し抜かれた様に見せかけて、実は犯人よりも羽毛田の方が一枚も二枚も上手だった様である。

羽毛田の正体を知らなかったとはいえ、犯人は、警察よりも恐ろしい尊南アルカイナを敵にまわしてしまったのだ。


「アイツら覚悟しておけよ、完全にぶっ潰してやるからな」



♢♢♢



ここは横浜埠頭の、とある空き倉庫の中である。誰もいる筈の無い空き倉庫の筈だが、その中からは、なぜか男の高笑いが聞こえてきた……


「いやあ~アニキ~今回は上手くいきましたね~」

「見ろ、ヤス。一億だぞ!一億。これで俺達は大金持ちだ」


トランクの中の札束を嬉しそうに眺めながら、アニキがこの度の誘拐事件を思い出して、笑い混じりに語った。


「それにしても、あのハゲは笑わせてくれるぜ。俺達が素直に人質を返すと思ってやがんの」

「顔を知られてしまった人質を、俺達が簡単に返す訳ありませんよね~アニキ」

「そうだな……可哀想だが、鶴田教授には死んで貰うしかないな……」


そう言って、アニキは不気味に口角を上げた顔で、横で縛られて身動きの取れない鶴田教授へと目をやった。


「ヒッ!た…助けてくれ~」


もう、一刻の猶予もない。警察がまだ手掛かりを掴んでいない今、この鶴田教授を助ける事が出来るのは、羽毛田率いる尊南アルカイナしかいないのだ!その羽毛田と五人の精鋭達は、身の代金に仕掛けられた発信機から発せられる信号を頼りに、アニキとヤスの隠れ家である横浜埠頭の空き倉庫の前まで来ていた。


「この中に、犯人と鶴田教授が居る訳だな……」

「それじゃあ、早速か」

「だから!人質がいるっつってんだろ!」


さっさとカタをつけて茨城に帰ろうとするセイを、羽毛田が怒鳴りつけた。まずは人質の救出が先決である。人質の身を危険にさらさずに無事救出する方法はないだろうか?



羽毛田は考えた。

そして、考えに考え抜いて、羽毛田はある一つの作戦を立てた。


「よし!これでいこう!」


名付けて『鶴田教授を危険にさらさず犯人をぶっ潰す作戦』


そのまんまかよ……



♢♢♢



「ところで、腹減りましたねぇ~アニキ」


大金を手にした興奮から覚めると、二人共とても空腹なのに気が付いた。アニキもヤスも、朝から何も食べていなかったのだ。


「なぁにカネはたんまりあるんだ“来々軒”で出前でも取ろうじゃねぇか」

「じゃあ、ラーメンに餃子頼んでもいいですかね~アニキ?」

「おう!遠慮しねえで好きな物頼め」

「じゃあ~煮玉子も付けてもらおうかな~」

「いや…ちょっと待てヤス…煮玉子は水曜日がサービスデーだから、明日にした方が良くねえか?」


一億も持っている割には、セコイ事を言うアニキだった。


鶴田教授を段ボールの中に隠してからスマホで出前を頼むと、三十分程して“来々軒”の出前持ちが笑顔を振りまいてやって来た。


「へいっ、毎度~来々軒です~」

「待ってました」


ドンブリを覆っているラップを外すと、ホカホカとした湯気に乗って、ラーメンの美味そうな匂いが二人の顔前に漂ってきた。


「うおぉぉっ!たまんねえ」


思わず喉がゴクリと音をたてた。空腹だったアニキとヤスは、大げさな雄叫びを上げると、割り箸を乱暴に割って、一気にラーメンに食らいついた。


ズズズズーーーー


しかし、そのラーメン……実は、とんでもなく辛かったのだった!


「〇Χ★△!■☆□!」


思い切り口の中へとかき込んだ“激辛ラーメン”のあまりの辛さに、二人は悶絶し、床の上を転がり回った!


「うげえぇぇ~っ!!何だこりゃあ~~~!」

「あれ?おかしいな……スープの配合間違えたかな?」


来々軒の出前持ちは、人差し指で額をポリポリと掻きながら、首を傾げた。


「バカヤロウ!こんなもん食えるか~!」

「み…水だ!水をくれ!」


まるで口の中が焼けるようだ。なにか飲まなければ、収まりそうにない。


「いやあ、あいにく水の出前は、やってないんですよ」


出前持ちは、残酷にもそう言い放った。


「ヤス!何か飲み物はねえのか!」


しかし、空き倉庫にある液体といえば、せいぜい使いかけのペンキくらいなものだ。

水道だってとっくに止められている……二人の舌は、辛さを通り越して痛いような熱いような感覚になってきた。早く何か飲まないと、一生このままになってしまうのではないのだろうかと思うくらいだ。


その時、出前持ちが思い出したように両手をポンと叩いて言った。


「そういえば、外へ出てすぐの所にような……」

「それだ!」


出前持ちの話を聞いたアニキとヤスは、走って倉庫の外へ出ようとしたが、アニキが思い付いたようにヤスを制止した。


「ちょっと待て、二人共この場所を離れるのはマズイ……俺が先に行って来るから、お前はその次だ」

「ええ~っ!それじゃ、早く帰って来て下さいよ!アニキ!」


一億円と鶴田教授を見張る為、ヤスが残りアニキは外へと出て行った。出前持ちは、申し訳なさそうに頭を下げて謝った。


「どうもスープの配合を間違えたようで……急いで戻って新しいのを持って来ますんで!」


そう言い残すと、アニキに続いて出前持ちも倉庫の外へと出ていった。

一人残されたヤスは、少しでも舌を冷やそうと口を開けて手のひらを団扇うちわのようにパタパタとあおいでいた。


そうして待つ事2~3分…倉庫の扉を開けて、アニキが満足そうな顔をして戻って来るのが見えた。


「アニキィ~!早く、早く!アッシはもう限界ですよ!」

「おう!交代だ。お前も行っていいぞ」


アニキのその言葉を聞いて、ヤスはおあずけを解かれた犬のように、猛ダッシュで外へ向かって走って行った。


タッタッタッタッ……


そのヤスの後ろ姿を見ていたアニキは、何故だか不敵な笑みを浮かべていた。


「どこだ!冷たい飲み物どこだ~~!」


倉庫を飛び出したヤスが、辺りをキョロキョロと見回すと、50メートル程離れた先で保冷トラックと共に何やら即席のカウンターで、飲み物を売っている女性二人の姿が見えた。


「あれだ!」


ヤスは、ありったけの力を振り絞ってトラックの方へ走って行った。


「冷たい飲み物はいかがですか~~」

「くれっ!冷たい飲み物くれっ!」


販売員の女性は、笑顔で商品の説明を始めた。


「ただいまキャンペーン中で、となっております。

“リフレッシュドリンク”と“ヘルシードリンク”がありますが、どちらになさいますか?」


赤いペットボトルがリフレッシュで、緑のボトルがヘルシーなのだそうだが……


「どっちでもいいよ!早くしてくれっ!」


とりあえず、赤いボトルを受け取ったヤスは、急いでキャップを開け、そのリフレッシュドリンクを一気に飲もうとした。…と、その時だった。


「ヤス!お前、何でここに居るんだ?」


後ろから声をかけて来たのは、先程見張りを交代した筈のアニキだった。


「あれ?アニキこそ……おかわりでも貰いに来たんですか?」

「何言ってんだ?…変なヤツだな……俺はさっきからここに居たぞ……」

「???……」


その頃、倉庫の中では……


「アイツ、にまんまと騙されやがったさすが俺~」


来々軒の出前持ち、そして倉庫に姿を現したアニキは、すべてシンの変装だったのだ。


「一億円はゲット後は鶴田教授を探さないとな……」

























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る