第6話尊南アルカイナ精鋭部隊
「ぶあっっかも~~ん!」
これといった収穫もなく、手ぶらで藪製薬に帰って来た羽毛田に、山下刑事は激怒した。
「勝手な事しやがって!鶴田教授は保護出来ない!犯人は捕まえられない!おまけに身の代金まで奪われるとは、どういう事だあ~っ!」
「スゴイじゃないハットトリックだわ」
横にいた秘書の朝霧が、笑顔で羽毛田を茶化した。
「そういうの、ハットトリックって言うのか……」
と、一億円が無駄に消えた社長の千太郎が、うなだれたまま呟いた。
なにを言われても仕方が無い……反論の余地もない田は、今回は謙虚に責任の追及に黙って堪えようと思い話を聞いていた。
「大体ハゲのくせにでしゃばったマネするから、こういう事になるんだ!」
「そうそう!ツルッパゲは、黙って言うことを聞いていれば良かったのよ!」
「まぁまぁ~そんなに皆で責めなくても何しろ、ケガ無くて幸いだったですよ」
「何言ってるんですか社長!こいつにそんなはげますような事言っちゃダメですよ!」
「そうそう!自分だけ抜け出して交渉しようとした、このハゲが……」
「うるせえぇぇ~~っ!!さっきから聞いてりゃあ、アタマの事ばかりじゃね~か!『ハゲ』は関係ねえだろ~~~っ!!」
今回の事でよく分かった事がある。やはり羽毛田は警察とは絶望的に相性が悪いのだ。
「もう俺は帰るぞ!こっちはこっちのやり方で、やらせてもらう!」
そう言って羽毛田は、部下の黒崎に合図をすると出口の方へ向かって、クルリときびすを返した。
「一億円はどうしてくれるんだ!」
背中でそう叫ぶ社長の千太郎に、羽毛田は振り向きもせずこう答えた。
「とり返せばいいんだろ……あのクソ犯人からよ!」
社長室のドアが勢いよく閉められ、羽毛田は藪製薬をあとにした。
♢♢♢
事務所に戻った羽毛田は、まだ腹の虫が収まらないのか、苛ついた様子で自分の椅子に座ると同時に机を思い切り叩いた。
「あのクソ犯人、勘弁ならねえ!こうなったら、尊南アルカイナの総力を挙げて犯人を叩き潰すぞ!」
その羽毛田の言葉を聞いた黒崎の顔は、一瞬で血の気が引いたように蒼白となった。
「…という事は……あの五人を招集するんですかい?」
「勿論だ!何か問題でもあるか!」
「いえ……あの五人が出て来るとは……犯人も可哀想に……」
黒崎の表情を見る限り、その五人とは尊南アルカイナを代表する屈強な精鋭部隊に違いない。それは果たしてどのような人物なのだろうか……
茨城県の郊外にある平凡な一軒家。尊南アルカイナの精鋭部隊のひとり『Sexy~セイ』は、ここに拠点を置いていた。
「ちょっと、会長さん!私、去年体育委員やったばっかりなのに、今年は班長ってどうゆう事なんです!」
セイは、オカッパ頭の町内会の会長と、新年度の地区の人事について揉めていた。
「いやあ~この辺りも年寄りが多くてね…なかなか役を頼める人がいないんですよ」
「そんな事無いでしょ!隣りの渡辺さんとか、角の鈴木さんとか、まだやってない人たくさんいますよ!」
セイは、不公平なこの人事に懸命に抗議したが、“オカッパ”は、のらりくらりと言い訳をする。
「ああ~ダメダメ!あそこの家は、回覧板もろくに回さないんだから、班長なんてとても任せられないよ……なんなら、お宅の旦那さんでもいいんですがね」
オカッパに痛い所を突かれた……面倒くさがりのセイの旦那は、その手の役回りは今まで一切した事がないのだ……『まだやってない人がいるから』というセイの主張は、自らの首を締める事となった。
「・・・・・・・・」
オカッパは、言葉に詰まったセイの顔をニヤけた顔で眺めていた。
「う~ん……しかしですねぇ……」
セイが何か言い返そうとしたその時だった。テーブルの上に置いてあったセイのスマートフォンから、突然『機動戦士ガンダム』のテーマソングが、けたたましく鳴り響いた!
「あら?電話だわ……」
セイは、ガンダムの熱狂的なファンであった。
「おやっ?電話みたいですね。それじゃあ、私は邪魔みたいですから……班長の方お願いしますね」
「ちょ!ちょっと!会長さん!」
オカッパは言いたい事だけ言うと、絶妙のタイミングでそそくさと逃げるように帰っていった。
「あのオカッパ……今度家に爆弾仕掛けてやろうかしら……はい、もしもし」
電話は、尊南アルカイナの黒崎からだった。
『セイか?黒崎だが、ボスからの緊急招集だ!大至急、アルカイナの事務所まで来てくれ。』
黒崎からの緊急招集をスマホで聞きながら、セイは自宅の天井を見上げながら思った。
(オカッパの次は、スキンヘッドかよ……)
普段は二人の小学生の子供を持つ“専業主婦”のセイだが、その裏の顔は尊南アルカイナの精鋭部隊の一人“爆弾仕掛け人のsexyセイ”として、同業者の間では恐れられていた。
「緊急招集って、いったい何の用かしら……
子供のいる主婦は、新年度のこの時期はいろいろと忙しいんだけどな。」
片手で“仕事着”のレザースーツをバッグに詰めながら、もう片方の手でスマホのアプリを開き、子供の学校の予定表の確認をするセイ。
「今回のミッションは、2~3日でカタがつくのかしら……アリバイ作りもしておかないと」
『お父さんへ☆
高校の同級生だったエミの、東京での“二度目の結婚式”に招待されているので、これから行ってきます。帰りは明後日位になりますので、子供達をよろしくお願いします。』
そんな置き手紙を書いてから、温めるだけで食べられるような夕食の支度をして、セイはアルカイナのある東京へと向かって行った。
♢♢♢
精鋭部隊の二人目、サトは広島にいた。
「ハァァァ……疲れた……この二週間休み無しだよ!その上、鬼のように残業やらせやがって」
機械製造会社の開発チームに属していたサトは、新製品の開発の為、今日まで過密な勤務体制を強いられていた。しかし、それも今日までの事である。本日で開発は一段落し、明日からは待ちに待った三連休が予定されていた。
「初日は、ゆっくりと午前中位まで寝てようかな~そして、サブスクで映画を3作位観て」
アルカイナの黒崎から電話がかかってきたのは、そんな時だった。
「げっ!!本部からだよ……出るのよそうかな……」
♪RRRRR ♪RRRRR
「はいはい!わかりましたよ!出りゃあいいんでしょ!……もしもし!」
『サトか?黒崎だが、ボスからの緊急……』
プチッ
ツー・ツー・ツー・
「思わず切ってしまった……」
しかし、そんな事で逃げられる訳は無い。尊南アルカイナでは、ボス羽毛田尊南の命令は絶対なのだ。
サト…人呼んで“ゴルゴ・サトゥィーン”の特技は狙撃である。サトにとって、百メートル離れた所から缶ビールを撃ち抜く事など朝飯前だった。
「まったく……やっと休めると思ったのに、緊急招集とは……飛行機のチケット取らないと。」
爆弾仕掛け人のセイに、狙撃手のサト…さすがはテロ集団尊南アルカイナの精鋭部隊である。さて、次はどんな兵者が控えているのか……
♢♢♢
精鋭部隊の三人目である“シン”は、山手線の電車の中で……寝ていた。
シンが山手線に乗り込んでから、既に電車は同じ駅を二回通過している。
どこででもすぐ眠ってしまうのが、この男の悪い癖である。変装の名人である彼のコードネームは“マギー・シン”というのだが、仲間内からは“寝落ちのシン”と言った方が分かりが良いらしい。
「ちょっと!アンタ!電話が鳴ってるわよ!」
「…ムニャ?」
隣に座っていた見知らぬオバサンに起こされ、ようやく目を覚ましたシン。
乗客の迷惑そうな視線を浴びながら、シンはバツが悪そうに小声で電話に出た。
「はい……」
『シン!お前、また寝てただろう!緊急招集だ!至急こっちに来い。』
タイミングの良い事に、山手線はちょうど尊南アルカイナ事務所の所在する駅の手前であった。
「ふあぁ~~」
“寝落ちのシン”…いや…“マギー・シン”は、眠い目をこすりながら電車から降り、ホームをあとにした。
♢♢♢
「みなしゃん♪お茶が入りましたにゃ♪」
老人介護施設で、献身的に介護の仕事をしているこの娘が、精鋭部隊の四人目“メイ”であった。コードネームは…… 『お茶汲みメイ』
爆弾仕掛け人や、狙撃手、変装名人までは解るが、何故お茶汲みが?
…という疑問を持った方も多いのではないかと思うが、これが案外重要な任務なのである。戦闘で危険にさらされ、過度の緊張を背負った時など、瞬時に各人の好みの温度や濃さのお茶を分析し、素早く淹れる。しかもそれは日本茶だけにとどまらず紅茶や珈琲あるいはハーブティーに至るまで様々である。
羽毛田が惚れ込んだこのお茶汲みの技術は、そんじょそこらの茶人にも出来ない所業なのだ。
「いやあ~メイちゃんの淹れたお茶は、本当に美味しいのぅ~」
「吉田のおじいちゃんは、玉露入りの静岡茶ですにゃ」
そんなメイの所にも緊急招集の電話が回ってきた。
『黒崎だ。緊急招集なんだが、何か忙しそうだな……なんなら今回は無理をしないで……』
「いえ♪もうすぐ交代だから、すぐ行けますにゃ♪」
「そ、そうか……それじゃ、頼んだぞ。」
「んにゃあ~♪」
どうでもいいが……
その喋り方はなんとかならないのか……
♢♢♢
各地に散らばっていた、尊南アルカイナの精鋭部隊が東京に集まったのは、すっかり夜になってからの事だった。
茨城県のセイ
広島のサト
地元、東京は葛飾のシン
山梨のメイ
そして、もう一人……
「おい……“ゆみ”が来てねぇじゃね~か!」
精鋭部隊の最後の一人…“ゆみ”が、まだ名古屋から到着していなかった。
「おかしいな……ゆみには一番最初に連絡を入れておいたのに。」
スマートフォンの送信履歴を見ながら、黒崎が困ったような顔をして言った。
「集合時間も守れない様じゃ、テロリスト“ドラゴンゆみ”の名が泣くな」
どうやら彼女のコードネームは、“ドラゴンゆみ”というらしい。
あの伝説の龍神、ドラゴンをコードネームに持つという事は、もしかしたら“ゆみ”は拳法の達人なのだろうか?
「緊急招集に遅れてくるなんて、ゆみちゃん何かトラブルでもあったのかしら?」
セイは、妹のように可愛がっているゆみの安否を気遣った。
その時、なんの気なしにテレビを観ていたサトが、突拍子もない声を上げた。
「あっ!」
「急にどうしたんだ?、サト。」
「今……テレビに、ゆみが映ってた様な気がしたんだけど……」
芸能人でもないゆみがテレビに……まさか、事故か事件にでも巻き込まれてしまったのだろうか?しかし現在、事務所のテレビで放送されているのはニュースではなく、プロ野球の中継だった。
「おい!今夜の『中日~巨人』ひょっとして名古屋ドームか?」
羽気田が眉をひそめた。
「まさか……」
その数秒後、事務所の全員は信じられないという顔で、テレビ画面に視線を釘付けにしていた。
そこには……中日サイドの応援席の中、ブルーの帽子にハッピ姿でメガホンを叩いて必死に大声を張り上げているゆみの姿が映っていた。
“ドラゴン”って……“中日ドラゴンズ”の事だったのか……
八回の裏…0対1
巨人1点のリード
「こらあぁぁ~っ!!まだ八回なのに、大勢なんか出してんじゃね~よ!この卑怯者~!」
阿部監督の投手起用に、思いっきりヤジを飛ばす、熱狂的なドラゴンズファンのゆみ。そのゆみの青いハッピのポケットの中で、携帯電話が激しく振動し始めた。
「もう~!今、いい所なのにぃ……はい!もしも…」
『テメエ~!呑気に野球の応援なんかやってる場合かぁ~!緊急招集だっつってんだろ~!!』
「げっ!…何でバレてるの?……もしかして、あたしテレビに映ってた?」
『いいか!みんな待ってるんだから、車飛ばしてさっさと来い!』
「は~~~い…わっかりました!」
結局、試合の方は八回、九回と巨人のセットアッパー“大勢”の速球の前に中日打線は完全に抑えられ、0対1で中日は負けてしまった。
「あ~~ん負けちゃった……これで開幕早々出遅れたわ……」
なんて、落ち込んでる場合ではない!たった今から、東名を飛ばして東京のアルカイナまで行かなくては、羽気田に殺されかねない。ところで、ゆみの特技は何なのか?
野球?確かに野球好きは御覧のとおりだが、彼女のアルカイナでの主な役割は“交渉事”である。いわゆる“ネゴシエーター”という役割で、巧みな話術と毒舌を使って、相手を凹ませ自分達の主張を飲ませるという“超”攻撃交渉術だ。
東名高速道路上り車線~浜松付近……
「まったく…石川もこの程度のスピードのボールぐらい、スコーンとスタンドに運んでもらいたいわ。」
愛車“ワゴンR”を運転しながら、ゆみは先程の試合の結果をまだぶつぶつと嘆いていた。そのワゴンRのメーターの針は……NPB《日本プロ野球》一の豪速球を誇る、ロッテの佐々木朗希が投げる玉と同じ160キロを差していた。
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