第3話犯人からの電話

その頃……警視庁では、鶴田光教授誘拐事件の特別捜査本部が設置され、事件の犯人を特定する為の捜査会議が開かれていた。最初に、本部長が皆に意見を求める。


「今回の事件で、犯人の手掛かりについて何か判っている事はないか?」


その本部長の問い掛けに、若手刑事達から“ヤマさん”といって慕われているベテラン刑事の“山下刑事”が発言した。


「鶴田教授は誘拐される直前に、画期的な発毛剤の開発に携わっていました……今回の事件は、この事が大いに関係していると考えられるでしょう」


それを聞いた同期の長澤刑事(通称、チョーさん)が、思いついた様に呟く。


「するってぇと…犯人は、頭の毛の薄いハゲ野郎って事か……」

「いや…そうとは限らないだろう。ライバル会社や産業スパイ…あるいは単に金目当ての犯行という事も考えられる」

「まずは相手の出方次第って訳だな……」

「そうだ、必ず何かしらのコンタクトをとってくるに違いないからな」


なにはともあれ、藪製薬に行って犯人からの電話を待ってみようという事で、捜査員の意見は一致した。藪製薬では、社長室に乗り込んだ羽毛田と黒崎が“鶴田教授誘拐事件の捜査の陣頭指揮を取らせろ”と、なかば脅すような態度で社長の了承をもらっていた。


「いいんですか?社長……あのハゲ、居座っちゃってますけど!」


苦虫を噛み潰した様な顔で、羽毛田を横目に見る秘書の朝霧。


「今更、帰れとは言えないだろ……あの人怖いし……」


気の強い朝霧とは対照的に、社長はすっかり羽毛田にビビっていた。


「電話はまだかかって来ねえのか……」


羽毛田は、高級そうな社長専用の椅子を占領して、煙草を吹かしながら犯人からの電話を待っていた。やがて、机の上の電話が鳴ると、一回目の呼鈴が鳴り止まないうちに、羽毛田が受話器を取った!


「はい!社長室!」


一同に緊張が走った!


『あの……開発中の風邪薬なんですが……思ったような効果がまだ現れないので、当初より少し予定が遅れそうかと……』

「知るかっ!そんなもん!タマゴ酒でもブチ込んどけっ!」


ガチャン!


肩すかしを食らった羽毛田は、そう怒鳴りつけて勢いよく受話器を置いた。



電話の取り次ぎは、通常…秘書の朝霧の仕事である。朝霧は、かってに自分のテリトリーへと踏み込んで来て電話の応対をする羽毛田に激しく猛抗議をする。


「こらっ!勝手に電話に出るなっこのハゲ!」

「うるさい!ハゲって言うな!このアマ!」

「ハゲだから、ハゲって言ってんじゃないのよ!大体、名前からして“はげた”じゃん!や~い、ハ~ゲ~ハ~ゲ~ツルッパゲ~~♪」


再び、電話のベルが鳴り響いた。


「あ♪ツルッパゲ~~のぉ~……

ガチャ…

お待たせ致しました…社長室秘書の朝霧でございます……」

「電話に出たとたんに態度変えるんじゃね~よ!」


「はい…そうですか……かしこまりました!」


受話器を置いた朝霧は、羽毛田の方をチラリと見ると、ほくそ笑む様な表情を見せてから、社長に電話の内容を報告した。


「社長、なりました」


刑事と聞いた途端、羽毛田と黒崎の顔色は変わった。


「ボス…警察はヤバイですよ……」

「むぅ…………」


ほどなくして社長室のドアが開き、数人の部下を連れて刑事が入って来た。


「はじめまして。捜査一課の山下と言います。」


ヤマさんこと、山下刑事は警察手帳を提示しながら穏やかに社長と挨拶を交わした。

そして、部屋をぐるりと見回すと、この場に似つかわしくない風貌の羽毛田と黒崎を指して、質問をした。


「こちらのお二人は、どちらの方で?」


山下の質問に、朝霧が得意気に大声で答えた。


「刑事さん、そいつらはテロリ………」

「わああぁぁ~~っ!……俺達は…そうそう!俺達はでして~」


羽毛田は、とっさに嘘をついてごまかした。


「ほぅ探偵?…どこの探偵なんですか?」

「ん!…え~と……あっ、森永探偵事務所のシチローと言います」


苦し紛れに、羽毛田は最初に頭に浮かんだシチローの名を語った。……森永探偵事務所という名前は、山下にも聞いた事がある……確か三人の女性エージェントを雇っているとかいう所だ……


「ああ~、アナタが森永探偵事務所の……部下の三人のエージェントはどうしてますか?」

「いやぁ、あの三人なら酒でもかっ食らってんじゃないですかね~」

「またまたご冗談を。まだ昼間ですよ(笑)」



『森永探偵事務所』……


てぃーだ

子豚

ひろき

「ホントに飲んでたりして」

シチロー

「今回、オイラ達の出番コレだけかよ……」



♢♢♢




警察も加わり、益々緊張感の高まってきた社長室の中で、再び電話のベルが鳴り響いた!


山下刑事の目つきが変わった。山下は逆探知班に合図をし、眉間にシワを寄せながら電話で話す際の注意点を朝霧に伝える。


「いいですか!くれぐれも犯人を刺激しない様にお願いします。それから、話はなるべく長く引き伸ばして下さいね。」

「わかりました!」


朝霧は、真剣な面持ちで山下の話に頷くと、受話器を手に取った。


「はい……社長室ですが……」


皆の視線が、朝霧に注がれた。


ゴクリ……


「あら~ダ~リン~待ってたのよ~~」


逆探知の準備をしていた捜査班は、拍子抜けした。


「なんだよ……彼氏からか?…こんな時に勘弁してくれよ……」

「あ~~いい!いい!録音しなくていいから!」


山下は、苦笑いをして手の平を横に振りながら、スタンバイしていた捜査員を制止した。捜査員の呆れた視線を浴びながら、朝霧はなおも喋り続けている。


「ヤッダァ~、ホントにぃ~?」

「いつまで喋ってやがんだ……あのアマは!」


そんな思いを抱いていたのは、羽毛田だけではなかっただろう……苛立ちの混じった不穏な空気が、社長室全体に漂っていた。


「まったく…社長秘書のくせに、こんな時に彼氏と私用電話なんてしてる場合かよ……」

「後からかけ直すとか、考えないのかね……」


皆で朝霧の悪口をヒソヒソと言っているのが、聞こえたのだろうか……


「うん、わかった~じゃあ、またね~ダ~リン~」


ガチャン!


ようやく受話器を置いた朝霧が、睨みつけるような顔で周りを見回した。


「な…なんだよ…その顔は?」




「犯人からでしたわ……」

「なにいいぃぃ~~~~~~~~!!!」

「相手を刺激しない様に、調んですが……ナニカ?」

「親しみやす過ぎるわああぁぁぁ~~!!!」

「クソッ!録音も逆探知もしてなかった……それで、犯人は何を要求してきたんだね?」

「明日の正午12時に、新宿駅にひとりで一億円持って来いと言ってましたわ!」

「犯人の狙いは金だったか……」


一億と聞いて、藪社長の顔が歪んだ。


「一億だってぇ~!そんなムチャなっ!」


しかし、新薬“ノビール”の開発には、既にその何倍もの資金を投入している……そして、この発毛剤が発売されればその何十倍もの売り上げによる見返りが期待されているのは明白であった。


「大企業がケチ臭い事言ってんじゃねぇよ!俺の長年の発毛の夢が懸かってるんだぞ!」


説得と言うより、脅しに近い羽毛田の勢いに押され……藪社長は、渋々犯人の要求の一億円を用意する事を承知した。


「わかりました……しかし、取引の場所には誰が行くんですか?私にはとてもそんな大役は……」


責任の重い現金の引き渡し役に、社長は逃げ腰になっていた。そこで山下刑事は、警察官の一人を藪製薬の社員として取引の場所に向かわせる様に提案をしたのだが……


「ちょっと待ったあ~!その役は、この俺にやらせてくれっ!」


ここぞとばかりに、羽毛田が猛アピールを始めた!


「う~ん……確かに警察官よりは、他の人間の方が犯人には悟られにくいかもしれないな……それに、だろうし(山下は羽毛田を探偵のシチローだと思い込んでいる)」

「そうだろう、俺に任せてくれよ!なっ!なっ!」


アタマを…いや…目を輝かせて訴える羽毛田の熱意に負けて、山下はこの重要な役目を羽毛田に託す事にした。喜ぶ羽毛田の隣りで、疑い深そうにその様子を見ていた秘書の朝霧が、呟いた。


「一億円、ネコババしないでよ……」

「なにい~俺がそんなマネすると思ってんのか!」

「思ってるわよ!だってアンタ、テロリ……」

「わあああぁぁぁ~っ!!!」












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