第2話藪製薬

『国内テロ組織尊南アルカイナ』

組織の事務所のドアを勢いよく開けて入って来るなり、羽毛田は大声で、部下の黒崎を呼びつけた。


「おい!黒崎ィ~~!大至急車を出せっ!」


黒崎のそんなに急いで一体どこに行くのかという問いに、羽毛田は苦虫を噛み潰したような表情で答える。


「“藪製薬”だよ!藪製薬!大事な用件だ!」

「ボス、製薬会社に大事な用件って事は、使んですかい?」

「そんなんじゃねぇよ!プライベートの用だっ!」

「仕事絡みじゃないって事は……ボスは花粉症か何かで?」

「違う、違う!」


羽毛田は黒崎に、先程の新聞記事の内容と、自分がこれから誘拐された鶴田教授の救出に、一役買おうとしている事を説明した。


「テロリストが人助けをねぇ……」


黒崎は、なんともやりきれないといった表情で、ボードに掛けであった“社用車”の黒いベンツのキーを持って、外へ出ていった。





「ところでボス…藪製薬にはんですか?」


運転席からルームミラーで後席をチラリと見ながら、黒崎が羽毛田に尋ねた。


「誰がアホだっ!誰が!」

「“アホ”じゃなくて“アポ”!そんなベタなボケかまさないで下さいよ……」


羽毛田は、何を心配する必要があるのかという顔で、新しい煙草に火をつけた。


「アポなんて無くたっていいだろ。こっちは教授を助けてやろうってんだからな」

「そんな事言ったって…怪しい人間は、門前払いされちまいますよ?」

「誰が怪しいんだよ?尊南アルカイナといえば、だろうが!」

(だから余計マズイんじゃねぇか!……由緒正しいテロリストなんて居るかっ!)


黒崎は、これ以上何を言っても無駄だと思い、口を閉ざしてカーラジオのボリュームを少しだけ上げた。




ちょうど、そのカーラジオから流れる曲が終わりに差し掛かる頃、道路の左手には藪製薬の巨大な本社ビルが姿を現していた。藪製薬といえば、テレビのCMでもよく見かけるような薬も数多く取り扱い株式市場にも上場している大手の製薬会社である。その藪製薬本社ビルの一階はロビーになっていて、入ってすぐの所には、澄ました顔の受付嬢が控えていた。


「おい!社長に会わせろ!社長に!」


いかにも怪しいサングラスの二人組が、突然やって来て“社長に会わせろ”と言っている。受付嬢は怪訝そうな顔で、とりあえず相手の身分の確認を取ろうとした。


「あの…失礼ですが、どちらの会社の方でしょうか?」

「別に怪しい者じゃねえよ。俺達は、だっ!」

「テ・・テロ・・・?」


受付嬢は、羽毛田の答えに困惑したが、受付の手順通り秘書室に、相手の身分と風貌を内線で伝えた。


「あの…秘書室ですか?…“尊南アルカイナ”というテロリストの方が、社長に会いに見えてらっしゃいますけど……お二人ともサングラスで、お一人は頭が……」



ここは最上階『社長室』……社長秘書 朝霧麗子あさぎりれいこは、受付から聞いたこの伝達を、冷静に社長に伝えた。


「社長、何やら……が、社長との面会を求めてますけど。いかがします、お会いになりますか?」

「君は時々、言葉使いが荒くなるね……何者だね、その男は?」


社長の藪千太郎やぶせんたろうは、身に覚えのないその男の所属を、朝霧に尋ねた。


「テロリストだそうです」

「会う訳ね~だろっ!!」


用件を聞くまでもない……こういう輩は、適当にあしらって追い返すに限る。

こういう人間をトラブルなく追い返すのも、受付嬢の大事な仕事のひとつだ。

秘書の朝霧から連絡を受けた受付嬢は、羽毛田にこう切り出した。


「申し訳ございません……生憎、お約束の無い方とは、社長は面会出来ないと申しておりますので……」

「なんだとぉ~っ!爆弾仕掛けるぞ!コラァ~!」

(だから言わんこっちゃない……)


内心そう思いながらも、黒崎は、怒りまくる羽毛田と受付嬢の間に割って入った。


「まあまあ、ボス。そんなに興奮しないで、ここは私に任せて下さい」


そう言うと、黒崎は受付嬢の方に向き直って、低姿勢な態度で、羽毛田の無礼を謝罪した。


「いやあ~、大変失礼致しました。貴女があまりにも美しいもので、我々もつい興奮してしまって!」


黒崎の歯の浮くような台詞に、羽毛田は呆れて呟いた。


「へっ!そんなミエミエの手に引っかかる奴が、いる訳が……」


「どうぞ、お通り下さい♪」

「さっきと全然態度がちがうだろっ!」


何はともあれ、羽毛田と黒崎の二人は、無事に社長室へと行く事が出来たのだ。

















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