チャリパイ・スピンオフ~テロリスト羽毛田尊南~

夏目 漱一郎

第1話羽毛田の悩み事

自民党のキックバック裏金問題……

止まる気配を見せない円安問題……

様々な問題を抱えつつも、この国は概ね平和な様相を保っていた。海外に目を向けて見れば、長い間に渡る内戦状態に日々、死と隣合わせの危険を強いられる人間も少なくはない。そして、その内戦の中心的な存在となっている“テロリスト”の存在……

そんなテロリストがこの日本にも存在する事を、あなたは知っているだろうか?


国内テロ組織 尊南そんなんアルカイナその代表に君臨する男……

その名も


羽毛田尊南はげたそんなん



♢♢♢




サングラスにニット帽……外出する時の羽毛田には、欠かせないアイテムだ。テロリストの彼を付け狙って、どこで捜査官が目を光らせているかわからない。また、特に彼の事を知らなかったとしても、こういう稼業に携わっている者特有の、どこか殺気の漂った鋭い眼光は、隠しておくに越した事はない。

羽毛田は、新宿の人混みの中に溶け込みながら、ある目的の為に一軒の店の中へと入って行った。


美容院『ヘッドバット』


入口のドアに付けられていた小さな鐘が、カラカランと軽やかに鳴った。


「いらっしゃいませーー」


中に居た数人のスタッフが、揃って爽やかに挨拶をする。新しいファッション雑誌とヘアカタログが綺麗に整頓された、待合室のソファに羽毛田が腰を降ろすと、すぐに若い女性スタッフが笑顔を浮かべて近寄ってきた。


「いらっしゃいませ。当店は、今回が初めてですか?」

「ああ…そうだが……」

「ありがとうございます。…それで、本日はカットですか?それともパーマですか?」


羽毛田は一瞬躊躇した後に、その質問に答えた。


「ま…まぁ…カットだな……」

「シャンプーは、いかがなさいますか?」

「要らない……」


どこにでもある様な言葉のやり取りが済むと、やがてカットの席が一つ空いたようだ。


「お待たせしました。…それではお客様、お帽子とサングラスをお預かり致します」


女性スタッフは、笑みを浮かべたまま両手を差し出した。


「これでいいか?」


羽毛田は、スタッフに言われるままにサングラスを外し、ニット帽を脱いだ。するとその直後、何故かスタッフの表情が曇ったように羽毛田には感じ取れた。


「あのお客さん………………ってんですか?…………」


女性スタッフは、羽毛田の見事に輝く“スキンヘッド”を呆然と見ながらそう言った。


「頭じゃねぇよ!髭をカットしてくれ!」


それを聞いた女性スタッフの顔が、さらに歪んだ。


「あの…ですね……ウチは美容院ですので…お髭のカットは出来ないんですよ……そぉゆう訳ですから・・・



とっとと出ていけええぇぇぇぇ~~~っっ!!」


バン!!!


小柄な女性スタッフが、まるで朝青龍の張り手ばりの勢いで羽毛田をドアの外に突き飛ばした!


「痛ぇじゃねぇか!バカヤロウ~!こんなところ二度と来ねぇぞ!いいのかっ!」

「二度と来るなっ!」


バタン!!!


「クソッ!」


羽毛田だって、好きでこの頭になった訳ではない。そういうDNAのもとに生まれてきたのだから、仕方が無いではないか……


「バカにしやがって……あんなこじゃれた美容院なんかに行くんじゃなかった……」


というか…髭ぐらい自分で手入れすれば良いと思うのだが……

羽毛田が次に向かったのは、赤と青の捻れた模様がくるくると回る看板の、昔ながらの理髪店だった。ドアのガラス越しに中を見ると、パンチパーマの店主がニッコリと微笑みを投げかけてきた。


「ここは髭だけでもやってくれるのか?」


さっきみたいのはゴメンだ……羽毛田は、理髪店のドアから顔だけ覗かせて最初に確認をした。


「結構ですよ。どうぞこちらへ」


愛想の良い店主は、快く引き受けてくれた。幸いな事に、ちょうど今の時間は空いていて、羽毛田は順番を待つ事もなく、髭の手入れを始めてもらった。


「まったくよぉ~!聞いてくれよオヤジ!」


髭の手入れをしてもらいながら新聞を読んでいた羽毛田は、思い出した様に理髪店の店主に向かって、先程の美容院の対応を愚痴り始めた。


「理髪店と美容院は違いますからね……」


その話を聞きながら、店主は鏡に映った羽毛田の頭を見て、美容院は制度上…髭のみの手入れが難しい旨を説明してくれた。そのうえで、毛髪に悩む羽毛田に、こんなアドバイスもしてくれた。


「いやあ~お客さん。そのアタマじゃねぇ~最近じゃあ、良いカツラもありますからお客さんも試してみたらどうです?」

「ヅラなんて被れるかっ!ありゃあ偽物だろ!ニセモノ!」


その場凌ぎのヅラなんぞに興味は無い。羽毛田の望みは、あくまでも“自毛”による発毛である。


「もっと画期的な発毛剤が出ねぇかなぁ……」


羽毛田は、そう言って大きな溜め息を吐くと、また新聞に目を落とした。

『円安さらに加速!輸入産業に深刻な打撃』

『裏金問題で自民、支持率に赤信号』


記事のネタを使い回しているのかと思うほど、連日同じような記事が並ぶなかで……

羽毛田は、紙面の隅に載っていたある小さな記事に、目が釘づけになってしまった!


「そんなバカなっ!!!」


その記事の内容はこうだ。

『完成間近だった夢の発毛剤“ノビール”に、開発ストップの危機!』

[画期的な効果が期待されていた“藪製薬”の新型発毛剤“ノビール”の開発責任者=鶴田光三郎(つるたこうざぶろう)教授が、何者かによって自宅から誘拐された。これによって、藪製薬は完成間近だった同発毛剤の開発が頓挫してしまっているもようである。警察は現在捜査を進めているが、未だ有力な手掛かりはつかめていない。]


藪製薬やぶせいやくの発毛剤“ノビール”といえば、新しく開発された独自の成分によって『使って三日間でウブ毛が生えてくる』という噂まであり、完成すれば発毛業界に革命が起きるであろうとまで言われた、画期的な新型発毛剤である。

この開発の中心人物であった鶴田教授が、開発途中で誘拐されてしまったというのだから、羽毛田が衝撃を受けない訳がない。羽毛田は、込み上げる怒りで体中をブルブルと震わせた!


「お客さん!危ないから、そんなに動かないで下さいよ!」

「クソォ~!許せん!こうなったら、俺が絶対鶴田教授を助け出してやるぜ!」


羽毛の目は、私情たっぷりの正義の炎で、メラメラと燃え上がっていた。















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